革新の生命医学情報 No.16


各種器官の構造及び組織発生と血球分化④

【7】乳腺と赤血球分化

 発生学的には哺乳類の乳腺は汗腺が変化したものですが、オスの乳腺は未発育器官であることはいうまでもありません。メスでは性的成熟とともに発育し、妊娠、出産、そして分娩によって乳房や乳腺は急速に発達し、また分娩後は旺盛に乳汁を分泌します。
 乳腺は複雑な管状腺から成って豊富な脂肪組織のなかに埋もれ、人間では乳腺組織から乳管が求心的に乳頭へ集まり、乳管洞といわれる乳汁の溜まり場に注がれ、そこから急に細くなった乳口から乳首へ開口します。乳腺の構造は腺胞、動静脈、リンパ管、脂肪層、結合組織などからできていますが乳腺について問題なのは、①乳腺細胞から乳汁が分泌される過程 ②初乳球の起源 ③乳腺に分布する血管及び神経 ④乳腺細胞と赤血球との関係です。殊に④は重要な意味をもっています。
 まず乳腺の発生から説明しましょう。

 (a) 乳腺の組織発生

  乳腺の発生については多くの研究者たちが成果を報告しています。ホリーはサルを研究材料として『乳腺は外胚葉から生じた3種の分泌腺のなかの一つに由来し、始め外胚葉に乳腺の原基が生じ、それが成育して皮下組織の増加とともに乳房を形成し先端は半円形に肥大してくる。ヒトでは一対だがブタでは10対以上にも及ぶ。乳腺細胞は細胞分裂によって増殖し、ヒトの胎児(50ー60ミリ)ではこの頃に15-25の腺葉の原基ができ乳管の原基もでき始める』と報告しています。
  これに対し千島喜久男は『乳腺の原基が細胞分裂によって増殖するという既成説を支持しているのは妥当でない。私は胚子の乳腺は観察していないが、胚子細胞はすべて最初は卵黄球、次いで赤血球から分化するものであるから、乳腺原基だけはこの例外だとすることはあり得ない。』

 (b) 乳腺の発達と血管系

  千島学説を基盤に考えますと乳汁は血液に由来しているものと考えられますが、乳腺と血管との関連をみれば、いっそうこのことが理解できる筈です。南方のある人種は日本語と同じように血液を『チ』といい、乳汁を『チチ』と呼んでいます。人間の乳房は二つだが、複数語を知らない彼らはこのように単数語を並べたようですが、『チチ』は『チ』の変化したものだということを、直観的に知っていたのかも知れません。事実、乳腺は乳汁分泌のために豊富な血液補給を受けています。
  コールやワイザーは成熟した白ネズミの観察で、処女メスの乳腺分泌管は発情中には増殖するが、それに続く前発情期には退行すると報じ、ナディもこれを認めています。
  バーンはマウスの乳管周辺の毛細血管網は発情中においては余り変化はみせないが、妊娠4日目の乳腺や乳管周辺の血管網は処女マウスのそれより発達はしているが、血管網は未だ限定的な発育だといっています。妊娠15日目以降は乳腺形成や血管分布は最高に達し、その後は大きさを増すだけとされています。このように妊娠によって乳腺組織へ血液が豊富に供給されるのは、乳汁分泌のために酸素と栄養補給、そして老廃物除去を促進する必要があるからだと従来考えられています。
  しかし、この豊富な血液供給が物質代謝のためだけだと観ることは、赤血球の真の姿を見落としているための判断といわざるをえません。乳腺上皮はもとより、乳腺のすべての細胞要素は赤血球の定着とその分化によるものであることは明らかなのです。また乳汁成分のタンパク質や脂肪は赤血球から分化した乳腺上皮細胞が成熟後退行、崩壊し融合した結果生じたものです。乳腺内の血管領域は周辺組織の2倍もあるという事実からも乳汁と血液の直接な関連を窺うことができます。

 (c) 乳腺細胞と乳汁分泌、そして血球との関連

  分娩後、乳腺は著しく発達するこはご承知のとおりです。白ネズミでは分娩後12日で乳腺は最大に発育しますが、これは細胞が増大するのか、細胞数が増加するのか未だ解明されていません。
  このことについて、多くの研究者たちは乳汁分泌の最も盛んな時期にも乳腺細胞の分裂像は極く稀にしか見ることができないということに意見が一致しています。
  乳汁分泌の細胞学的考察については、これまで種々の説が報告されていますが、ここではホーリーが報告した既成説を千島学説による考えを入れてご紹介しましょう。
① 細胞崩壊説……ウイルヒョウの頃には乳汁は乳腺上皮細胞が脂肪変成に陥って崩壊した結果生じたものだと考えられていました。この考えは間違いではありませんが、今日ではこの説を支持する人は誰もいません。なぜこの説が否定され続けているのでしょうか。それは次の理由からです。
② 細胞崩壊否定説……ヘイデンは、『もし細胞崩壊説が正しいとすれば、毎日多量の乳汁を分泌する乳腺の上皮細胞は、その崩壊分を補充するために少なくとも1日に5回以上の細胞分裂による増殖をしなければならない筈だ。しかし事実はこれに反し、分裂像は殆ど見られない』といっていますが、この報告に正しい理論と実際から反論できる人はいないでしょう。正常な状態で細胞が分裂して増殖する像など見れる筈がありません。稀に分裂する像が見られても増殖に至るような細胞分裂はしていないからです。細胞は細胞分裂によってのみ増殖するという既成説を信奉している人たちには、乳汁分泌機構の真相は到底理解できないことでしょう。
  実に皮肉なことですが『細胞は細胞から』を強調したウイルヒョウが、乳汁は細胞の崩壊によって形成されたものだと説いたのは正解でしたが、それが自分の主張する細胞学説と矛盾するような事実であることに気づかなかったのは彼の重大なミスでした。
  乳腺細胞は成熟、崩壊、脱落した溶解物質の乳汁成分として腺内へ入るもので、その細胞補充は細胞分裂などではなく、乳腺組織の間隙へ流入した赤血球の定着と細胞への分化によるものです。
  乳汁分泌にはこの他、血液の液状成分が組織中に滲出したものも、乳腺管壁をとおって腺腔へ入り乳汁となるものもあります。

 (d) 初乳球の起源

  妊娠末期と分娩直後から約1週間ほどの間に分泌される乳汁は一般に初乳と呼ばれ、特異な小体である初乳球を含んでいますが、この初乳球の起源については次のような諸説があります。
① 乳腺の上皮細胞が脂肪変成に陥る途中で離脱したもの。(レインバード)
② 乳腺腔に入った遊走白血球やリンパ球が初乳球になる。(グルーバー)
③ 大型初乳球は乳腺の管壁細胞が増殖して退行したものであり、小型のものは乳腺小胞の内層細胞が離脱したものに由来する。(エンジェル)
  千島学説の第1原理・赤血球分化説をもとに考えますと、上記3つの説は何れも一部には真を含んでいるようですが、正しいものとはいえないようです。哺乳類の乳汁は乳腺小胞の上皮細胞が成熟した後、一定度の脂肪変成を起こし、細胞の離脱と崩壊によって乳汁中のタンパク質や脂肪の起源となるものです。一般に考えられているように乳腺小胞上皮細胞が乳汁を繰り返し分泌するのではありません。細胞自体が一回限りで乳汁の成分として退行しているのです。
  赤血球→リンパ球→各種組織細胞という移行過程は乳腺組織に限らず全身の組織に見られるものです。乳汁分泌が旺盛な時期にはこの分化過程が速やかに行われて、乳汁の原資となる乳腺上皮細胞の補充がされます。ただ、初乳の場合は赤血球から乳汁への移行変化が未だ遅いために、初乳中にはリンパ球や少数の白血球(流血中のものや乳腺組織中で赤血球から細胞に分化途中にあるもの)、また赤血球も含まれる可能性があります。『血乳』といわれる病的な乳汁中には多量の赤血球が含まれています。これは赤血球の細胞分化が極度に遅いための現象です
  初乳中に含まれるリンパ球や白血球は血管壁からそれ自体の運動能力で遊出して腺腔へ入ったものだとする上記諸説の根本思想は妥当とはいえません。リンパ球や白血球には元来、そのような転移運動をする能力をもっていないからです。初乳球は乳汁分泌が旺盛になってくると見ることはできませんが、初乳球は決して普通の乳汁分泌機構とは別の存在ではなく、赤血球から乳汁要素への退行過程が中途段階のまま現れた産物だと考えるのが妥当です。

【8】呼吸器系・特に肺の組織発生

 地球上の殆どの生物は酸素の補給なしでは生きることができません。組織細胞への酸素補給と老廃物の排除は、血液を主体とした循環器系と呼吸器系との共同作業によって行われています。アメーバやその他の単細胞生物では、細胞の表面や体表を通じて呼吸をしています。
 一定の呼吸器官が分化している動物では水呼吸と空気呼吸に分けられます。水呼吸をするのは或る種の昆虫の幼虫、魚類や両棲類の幼生などで、空気呼吸をするものは昆虫の成虫、陸棲節足動物、陸棲脊椎動物、海棲哺乳類、両棲類などです。環形動物や軟体動物のなかには空気呼吸をするもの、また水呼吸をするものもいます。水呼吸は鰓で行われ、空気呼吸をする器官には昆虫の気管、クモ類では肺書、両棲類以上では肺があります。鰓は薄い粘膜下の毛細血管を通る赤血球によってガス交換を行い、気管、肺書、肺などでは呼吸した空気が入る管腔があって、その薄い膜を通して血液中の赤血球がガス交換を行います。両棲類の成体では肺呼吸と皮膚呼吸が並行して行われています。
 
 (a) 肺

  肺は組織学的には比較的簡単な器官です。動物の種類による違いも余りありませんから、まず人の肺について簡単に説明しましょう。肺は左肺と右肺に分かれ、左肺は2葉に、右肺は3葉に分岐してさらに肺葉は15ミリほどの肺小葉に分かれています。肺に入った気管は気管支→細気管支→終末細気管支→呼吸細気管支→肺胞管→終嚢→肺胞へと進みます。両肺の肺胞総数は7億から8億といわれその総表面積は90平方米と概算されています。
  呼吸運動は肺自体には運動能力がないため、胸郭の拡張と収縮による他動的なものです。気管は呼吸細気管支まで有毛の上皮細胞をもっていますがそれ以下は無毛です。肺胞壁には塵芥を含んだ塵芥細胞が存在します。肺に出入りする肺動脈と肺静脈との中間にある毛細血管内の赤血球がこの肺壁を通してガス交換を行うわけですから、肺の構造というものは簡単にいえば、細かく分かれた枝状の網とそれをとりまく毛細血管の網との組み合わせということができます。
  肺組織中には軟骨性の気管支や結合組織、巨大細胞、各種白血球などが見られますが、何れも赤血球の分化途上の産物ですから組織学上ではさほど複雑さはもっていません。
  魚類や両棲類の鰓や肺も、その構造は原則的には鳥類や哺乳類と大きな違いはありませんが、ただ水中に溶解している酸素を摂取する構造になっていることだけが違いといえるでしょう。
  また昆虫の気管はふつう、空気の流通が主な働きですが、細野氏の炭末混合液の注射実験では、気管の周囲を血液が流れており、あらゆる組織の内部に炭末液が滲入していたと報告しています。
  また同氏は昆虫の気門に近い太い気管だけは脱皮の度に剥離しますが、組織中の細小気管支は既成説のように離脱することなく、有機物で充満し睾丸内の気管は精子束へ分化する過程が見られたとも報告しています。
  脊椎動物では赤血球から生殖細胞その他各種の体細胞に分化しますがこの場合、毛細血管から赤血球が組織の間隙に運ばれ、ときには血管そのものも固定組織細胞に分化するのと同じように、昆虫においても気管が血管の役割を兼ねていますから、気管やその内外の血球や体液から生殖細胞その他に分化することも別に不思議なことではありません。

 (b) 肺の組織発生

  両棲類、鳥類、哺乳類の胚子などでは、肺は咽頭の後部で食道前端部にある隆起した部分から形成され始め、気管の開口部に続きます。この隆起部は後に喉頭や気管になるところです。この気管はさらに分岐に分岐を重ねて、その周囲は間葉性細胞に囲まれ人の胎児では、6ケ月頃までは単なる腺状の構造で肺胞などは殆どできていません。肺胞が現れるのは6ケ月半頃からです。
  鰓も咽頭の両側が凸出して形成されます。組織発生の際、外胚葉の陥入によって形成される器官は①呼吸器 ②耳 ③消化器 ④眼 ⑤神経管などです。原則的にこれらは外部と連続する管腔で、胎生時代は液体で満たされ、孵化或いは生後は外気とのつながりによって空気に満たされることになります。ただ①と②はこの状態に合致しますが、③は食物で、④は眼房水その他で、⑤は脳や脊髄管でこれも終生、液体で満たされています。


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