長編小説 霧のなかの巨塔  第33回

   第三章 美しき旭日

   


  ■ 落    葉 ③


 「まったくだよ。恵美の胃を傷つけたことが事実だったとしても、恵美はいま、こんなに元気になったんだもの。監督責任があった医師を罰するために被害届を出してくれなんて、あの医師が気の毒すぎるよ。オレが札幌からあの病院に着いたとき、先生は恵美の状態を親切に説明してれた。そして、どうしてもっと早く気づいてやらなかったんだと、強く叱ってくれたんだよ。真心がないと、なかなか、あのように叱ってくれないよ……」
 そのときのことを思い起こすように逸平は目を窓の外に向ける。周囲の木立がもう傾きかけた陽射しを受けて薄赤く染められていた。
 「……たしか、堀口先生といったように思うけど、あの先生の被害届を出してくれなんて冗談じゃないよな。きっぱりと断ってやった。感謝している先生に対する被害届など出すことはできません、といってね」
 「よかった、断ってくださって……手を尽くして下さった先生を罪に陥れるなんて。それも看護師さんがしてしまったミスの責任を取らせるなんて……」
 天井からのチャイムで恵美は言葉をきる。
 ・・・東洋医学科の皆さんにお知らせします。まもなく16時30分より、午後の健康講座が始まります。第三教室にお集まり下さい。重ねて……」講座の開始案内だ。
 「もう、午後の健康講座だよ、恵美。忙しいね。確かに空腹感にひたっている時間なんかないよ、こりゃ」逸平は笑いながら、立ち上がると床の間に置いていたノートと筆記用具入れを取ると赤い一つを恵美に渡す。
 「ありがとう、あなた」
 「どういたしまして、奥さま」日に日に若返っていく恵美を見ながら、逸平は恵美に言葉を返す。痩せてはいるものの、肌はつやつやとして十歳以上若返っている。
 逸平は部屋のキーを手に取るとトレーナーの下ポケットに入れた。

 第三教室へは二十人ほどがきていた。何時ものことだが、夜、昼のどの講座もほとんどの人が開始、二、三分ほど前になると申し合わせたようにゾロゾロと入ってくる。今日も同じだ。
 講座の講師は内科総医長の水上利文医師で、テーマは『退院後の食生活』である。
 この東洋医学科では、その日のスケジュールが毎日その日の朝、ロビーの掲示板に表示される。入院患者は毎朝、この掲示板をみにくるのが日課になっている。日課というより楽しみになっているのだ。その日、その日の食事メニュー、悪天候で午後の清掃作業ができないときは、替わりにビデオか記録映画の鑑賞になる。大型の投影装置で劇場より少し小さいだけの大形スクリーンでビデオや映画を見ることができるのだが、最近は雨天の日がなく、ほとんどの人がその楽しみを体験していない。ビデオや映画のときも、その題名がこの掲示板に表示される。
 講座が始まった。退院後の主食、副食の注意点と食生活全般に亘る食生活改善のための内容である。退院した患者の30%が、その後の不摂生によってせっかく消滅、或いは縮小していた癌腫が再発、或いは悪化して戻ってくる。
 そんなときには治療期間がが前の二倍、三倍もかかるという前置きから、正しい食生活の話になる。水上はボードに「摂取食品の配分」と大きな字で書く。

 主 食
    A.玄米 消化器が弱い人…胚芽米  5
 副 食
    B.動物性タンパク質(但し脂肪が少ないもの)  1
    C.植物性タンパク質  1
    D.野菜、海草類  3

 ※注
   A…玄米、胚芽米、分搗き米
     未精白メン類、全粒粉パン、穀類
   B…白身の魚、小魚、イカ、タコ、エビ、カニ、貝類、有精卵など
   C…豆類、納豆、豆腐、フ、グルテンなど
   D…緑黄野菜、根菜類、ワカメ、コンブ、ノリ、ヒジキ、アラメなど
 食品成分の配分について説明したあと、今度は食事の心得についての話になる。

① イカ、エビといったたぐいは、コレステロールの含有が多いとして、とかく敬遠されがちだが良質な食品であり、極端な多食、或いは頻繁に食べる、などということをしなければむしろ、癌の要因になる血液の汚れを浄化する働きもある。多食せず適宜にとることは問題ない。但しアレルゲンであることがわかっているときには、当然、摂取は控えること。

② 果物は体によいといっても、過食は砂糖の取りすぎと同じこと。適宜の量にする自制が大切。果物の甘味のもと「果糖」は白砂糖以上に吸収が早い。食べすぎは肥満の原因。

③ 腎臓や循環器系の疾患がない限り、極端な減塩食は却って体によくない。あやまった情報にのらないこと。人間は海から生まれた生物だ。ほどほどの塩分を摂取していないと、体の抵抗力が衰退する。減塩に傾きすぎることは要注意。

④ 食事のときはよく噛んで食べること。食べ物が唾液に触れると、強烈な発癌性物質でも数秒で無害なものに分解される。また、いつも感謝と喜び、そしておおらかな気持ちで食べると唾液の分泌が促進されるとともに、消化器系の働きも盛んになり消化もよくなる。

⑤ 満腹になるまで食べることは絶対にダメ。いつも腹八分ではなく、腹七分にするよう努力すること。そして就寝前3~4時間は食べないないこと。ご飯でも、胃から十二指腸へ送られるまで、約四時間かかる。その間に眠ってしまうと、その間、胃は不消化の食品を入れたまま活動を停止してしまう。そのため胃のなかでは腐敗が始まり最悪のときには胃内に発生した腐敗ガスで胃が膨満、心臓を圧迫し、寝ている間に心不全で死ぬという危険もある。だから、就寝四時間まえからは決して飲食はしないこと。

 午後の健康講座はざっと、このような内容だった。毎日の講義のうち、朝の病院長講話は、「心」すなわち、精神面と健康との関連についての講話になり、午後の健康講座は退院後の生活改善策を気・血・動の調和を主体として個別に解説、夜の健康塾は癌を主題とした慢性病についてその学理を説明することになっていた。
 この東洋医学療養センター・東洋医学科の治療方針は、入院患者に対して、治療のほかに病気の原理の説明から退院後の生活改善策までを徹底して指導するのがこのセンターの他に類を見ない特徴なのである。
 講師にたいしての質問や相談があるときには、講座終了後、一人三十分以内で答えてもらうことができる。きょうも、二人が残って水上医長への相談を待っていた。
 恵美と逸平は退室する人たちと一緒に通路へ出た。
 「さあ、恵美。待ちに待った夕食だよ。夕食の献立は冷や奴に野菜の玉子とじだ。ご飯は三分ガユだけど、ほんとに楽しみなんだな、食事の時間が……」
 「飢えたこどもみたいね、あなたは……」恵美は優しく微笑む。
 大分県警の係官が突然に訪れるという出来事はあったが、恵美たちのセンター四日目はまもなく夜を迎える。つるべ落としの秋の夕……外はもう薄暗くなりかかっていた。

 東京の夜は昼間は晴天だったが、夕刻からは今にも雨粒が落ちてきそうな厚い雲の下にあった。体育の日という祭日のためだろうか,ここ桜田門かいわいは車の数も歩く人たちもまだ夜の八時だというのにまばらである。
 平日なら官庁街のこのあたりは、もっと賑やかなのだが……
 そんな一角に警視庁の庁舎が聳えるように建ち、さらにその上に高い無線塔がある。
 無線塔の先端には赤と白の標識灯があり空中に動く同色の光の帯をつくっていた。
 庁舎裏手にある地下パーキングへ、いま二台のパトカーが赤色回転灯をつけたまま、消えていった。地下へのドライブウエー両脇にも建物内への出入り口があり、そこでも武装した警官が各扉の横に不動の姿勢でたっている。まったく銅像のように動きがない。
 右側の出入り口が内側から開き、小太りだが、ガッシリとした体格の男が出てきた。警備の警官が軍隊調の敬礼をする。淡い赤紫色のメガネ、ネクタイの結び目は胸のあたりまで緩められている。見るからに捜査官であることがわかる。その後から、中年の男が続く。
 銀縁のメガネをかけた顔には、ありありと積もり積もった疲労の色がうかがえた。マブタの下には青黒いクマができていたが、ヒゲはきれいに剃られ、スーツやカッターシャツは疲労が目立つ顔とは対照的にすっきりとした服装である。
 「堀口さん、ご苦労さんでした。気をつけて帰ってくださいよ。でも、よかったですな、略式命令で済んで。じゃ」捜査官はそういうと軽く右手を挙げて挨拶した。
 「どうも、ありがとうございました」男は頭を下げると背を向け歩き去る。

 外賀綜合病院の内科医長、堀口亘だった。検察側が再逮捕する予定をしていた業務上過失傷害容疑立証に必要な被害者家族からの被害届が、被害者側から提出を拒否されるという予想外の事態によって、立件不可能となり、結局は准看護師という無資格者に対して単独医療行為をさせた医師法違反だけの起訴事由しか該当しなくなってしまった。
 東京地検は高検と協議した結果、これ以上の拘留理由もなくなり、逃亡、証拠隠滅に該当する懼れもないとして略式命令による科料刑、罰金十万円を言い渡し釈放したのである。
 検察側の一部には、看護師、松川由美の自殺との因果関係を追及し、未必の過失致死容疑を問えると主張したものもいたが、起訴に持ち込むことは非常に困難だと言う大勢の意見に流され退けられた。逮捕から十一日目の釈放である。
 堀口は警視庁庁舎の正面にでると、忌まわしそうに顔をしかめてその建物を見上げた。
 警視庁を出てから一時間ほど後、堀口は井の頭線池の上駅にほど近い、閑静な住宅街を歩いていた。夜もふけたこの時間になると行き交う人はいない。
 路地を曲がるとすぐ、高いブロック塀に囲まれた広い敷地に出る。そのなかに洋風三階建て住宅の屋根の部分が見えた。塀の外からは暗い三階の屋根しか見えない。
 家には妻の碧と長女の彩香がいるはず。長男の豪は京都大学医学部の二回生で、京都のマンション暮らしである。
 青銅製の大きな門扉は左右のがっしりとした大理石の門柱に固定されていた。門扉の高さも塀と同じ高さだ。門柱にはやはり青銅製の表札が埋め込まれていた。
 「堀口 亘」という字は毛筆である。妻、碧の父、外賀萬蔵がこの家の竣工時に書いた色紙の字を写真製版したものである。表札の下側にあるインターホンのボタンを押した。

 ・・・はい、どちらさまですか・・・妻、碧の声だ。
 「わたしだ、ただいま」堀口は抑揚ののない声で答えた。
 ・・・あなた! おかえりなさい、今開けます・・・
 妻の驚いた声がインターホンから聞こえる。何時もは堀口が帰宅するときまで、この頑丈な門は開けられているのだが、堀口の拘留が続いていたことから、きょうも閉じたままだ。
 門扉の小さな方の扉が軽いモーター音とともに大きな門扉なかに入っていく。堀口がくぐって入るまえに、妻が駆けてくるサンダルの音がした。別のサンダルの音もする。長女の彩香だ。戸口が完全に開くまえに碧と彩香が目まえに飛び出してきた。
 「お帰りなさい、あなた……ご苦労さまでした……」碧の声が震えていた。門の灯りを受けた碧の目から涙が流れている。
 「お帰りなさい、パパ」大学受験の勉強をしていたのだろう、彩香は黒いフレームのメガネをしたままだ。父が帰ってきた歓びに目が輝いている。
 「ただいま、長く留守をしてしまったな……」つぶやくような小さな声だ。
 「昼から、なにも食ってないんだ、腹ペコ……」微笑を浮かべ腹をさする。
 「あら、大変だ。パパ、わたしが何かつくるわ……」彩香はそういうと、サンダル音をひびかせて玄関へ走っていく。
 「ほんとに、優しい子だな、彩香は……」
 「彩香は小さいときからパパっ子だったもの。あなたがいないあいだ、いつ帰ってこられるのか、体をこわしていないだろうかって、いつも気にしてたわ。わたしも、ちょっと、キッチンをのぞいてくるわね、ちょっと待ってて……」
 玄関へ入るとすぐ碧はキッチンへ急ぐ。入れ替わるようにして彩香が出てきた。
 「パパ、ビール飲むよね……?」おおきなユリの花が刺繍されたエプロンで手を拭いながらいう彩香。美人とはいえないが、愛らしい顔立ちだ。
 「うん、頼む。すまんな彩香……」
 「なにをいまさら改まったこといってんの、パパ。まかしといて……」
 そんな彩香の声を背で聞きながら、堀口は玄関の上がり口に座りこんでいた。まだ、靴をはいたままで。拘留中、あの狭い留置場での生活、取調官のあの高圧的な態度、冷房を止めた暑い取調室で、同じような内容で組み合わせを変えて、繰り返して詰問してくる執拗な取調べのことなどが、次々と脳裏をよぎっていく。
 ようやくにして自宅へ戻ることができた解放感から、より鮮烈に今までのことが悪夢のように思い起こされてくる。そんななかで、拘留中に決断した自分の決意を、どう、妻たちに伝えるべきかも考えていた。
 「あら、あなた! 大丈夫? 立てないの?」堀口を呼びに来た碧が、まだ座り込んだままの堀口を見て驚いて声をかけるが、驚きで声がうわずっている。
 「や、ごめん、大丈夫だよ、久しぶりの我が家の空気を味わっていたんだ」と妻をふりかえって笑顔でいう堀口だつた。


 寝台特急「サンライズ出雲」は大阪駅構内を徐行して静かに通過していく。列車が通過しているホームの時計は午前四時三十五分を指していた。早朝ということもあり、長く延びるホームには非常灯がついているだけでまだ暗い。夜遅くまで賑わいをみせていた歓楽街、梅田はまだ朝の眠りのなかにいた。だが、東の空はもう明るくなり始めている。
 A寝台個室D号のベッドでは堀口が幾度も寝返りを打っていた。広い大阪駅構内は徐行していても、かなりの揺れがある。揺れで目を覚ましたのか堀口は枕もとの照明をつけて腕の時計を見るが、ライトを消すとまた目を閉じた。下車する米子駅までまだ五時間もある。

 医師法違反という堀口の罪名は略式命令による罰金十万円という言い渡しだけで終止符が打たれた。被害者から被害届が出されるものと確信していた検察側だったが、被害者の被害届提出拒否というまったく予想外の成り行きから予定していた業務上過失傷害容疑の立件は不可能になり釈放された堀口である。東京地裁から支払通知書が送達されてきただけで、法廷に立つこともなく終わったことは、堀口にとって不幸中の幸いといえた。
 もし、患者の夫である逸平が、大分県警からセンターへやってきた瀬合のいうがままに、被害届を出していたら、当然のことながら業務上過失傷害罪が立証され、たとえ執行猶予つきの判決がでたとしても、それまで数ヶ月を拘置所で過ごすことになる。刑事事件の被疑者という屈辱感のなかで、幾度となく法廷の被告席で審問を受けることになっただろう。

 釈放されたあの日からもう、十日が過ぎていた。拘留中、ずっと留置場のせまい部屋で考え続けてきた今後の身の振り方について、堀口のその決断を聞かされた碧や彩香、豪たちは唖然とするばかりだった。
 離島への単身赴任……予想もしていなかった堀口の決意……堀口の父、鬼塚喜八の権力をもってすれば、都内の何処の病院へでも再就職が可能であるのに、なにを好んで離島の診療所などに……家族たちが驚き、反対することは当然である。
 堀口が警視庁に留置されていたこと、また医師法違反で罰金の略式命令を受けたことなどは幸いにして報道されていない。一連の事件による外賀綜合病院の閉鎖……そのための転職ということになれば何の問題もない。しかし堀口は、父の権力を借りることなく自分だけでこれからの将来を決めたかったし目的もあった。
 この喧騒な東京を離れて静かな離島で、これから重要性が増してくるだろう、東洋医学の研究をしたかったのである。東洋医学の研究などは、規律がうるさい都会の総合病院などにいてはできるわけがないし勉強する時間もない。
 現代西洋医学の治療法に以前から疑問を抱いていたことは事実だった。ことに自分の担当分野である内科学は薬剤主体の治療であり、その強い副作用を知りながら、目をつぶって投与しなけれぱならないジレンマに悩んだ時期が堀口にもある。
 だが、ときの流れとともに、それは医師の宿命なのだと割り切るようになっていたが、大きな転機を迎えたいま、対症療法ではなく根本療法に基点をおいている東洋医学を学び、自分の治療に応用したい……そんな願望を抑えることができなくなっていた。
 なにはともあれ、静かな離島へ行きたかった。わずか十日余りという拘留が、堀口の考えを孤独、現代医学批判という医師に変えてしまう。
 そんな堀口の強い決意は家族の意見などで変えることはできなかった。
 釈放された翌々日、挨拶を兼ねて訪ねた父の鬼塚喜八の自宅で、自分の決意を伝える。
 当然のことだが鬼塚も反対した。だが、息子の気性は知り尽くしている父親のこと、折れるほかない。息子のため鬼塚は離島・山村の病院や診療所に関する綜合管轄は自治省の広域保健課であることを教え、そこを訪ねるよう助言する。
 その翌日、堀口は医師免許の原本と提出する写しと経歴書をもって自治省を訪れた。窓口に出た係官に、これまで勤務していた外賀総合病院が閉鎖になったこと、そこの内科医長であったこと、またこれからは離島で医療業務にあたり、地域に貢献したいという意向を伝えた。大概のものが都内或いは大都市の総合病院を希望するのが普通なのに、離島勤務を希望する堀口に応対した係官は非常に感激した。
 奥にある応接室へ招くと折りよく在室していた課長を呼んでくる。
 東山というその課長は、何処で情報を得ているのか、堀口が外賀総合病院の病院長、外賀萬蔵の娘婿であり、実父は帝北大学病院の副病院長であり、第三外科部長も兼務した教授である鬼塚喜八であることまで知っていた。そんな内輪のことまで知っていることに、堀口はただ驚くばかりである。
 「いや、堀口先生、自治省のアンテナも結構高いんですよ。情報が多々入ってきます。それにしても大変でしたね。病院のことも、先生ご自身も……」
 「ええ、まことに。わたし、隠しごとはしたくないので、事実を申上げておきたいのですが、ことの発端はわたしが処置の代行を准看護師に一時的に指示したときのその看護師の医療ミスだったのです。その看護師がミスを苦にして……」
 「先生、そのいきさつも、警察庁からこちらに報告がきています。法律上は違法行為になるでしょうが、この看護師不足の時代ですよ、どこの病院でもやっていることです。先生は本当に不運だったというほかありません。お気になさることなど、何もありません」
 何もかも知り尽くしている東山課長に、驚きを隠すことができなかった。
 「まったく驚きました、どうして、そこまでも……」
 「種あかししましょうか? 自治省の広域保健課という部門は、厚生労働省とは別に独立して全国の医療問題を管轄整理している部門なんです。そのため警察庁、警視庁、法務省、また各地の統括機関からの医療関連事件について、その報告や通達がすべて、ここへ送られてくるわけです。外賀総合病院の関連も警視庁からの報告書で知っていたんです。そのほかの細かなことは別のアンテナですけどね、そこのところはご容赦ください」
 東山課長はそういうと、タバコを取り出して火をつける。
 「先生は如何ですか?」東山は自分のタバコを堀口に勧めた。
 「いや、わたしは吸いません」
 「そうですか、羨ましいな。わたしは幾度も止めようとしましたが、どうしてもダメです。それはそうと、先生にご希望を頂いた無医村という離島は以外に少ないんですよ。最近の医師過剰のあおりでしょうかね。ちょっと待って下さいね……」課長の東山は席を立つとタバコをくわえたまま、応接室を出て行ったが二、三分で緑色のファイルをもって戻ってくる。
 「堀口先生、いま医師派遣の要請が出ている診療所は四箇所だけですね。西からいきますと、鹿児島県・徳之島町立南原病院、島根県隠岐西ノ島町立浦郷診療所、東京都利島町立病院、そしてずっと飛びまして北海道利尻町立病院、この四箇所です。内科医の派遣を要請している医療機関は……このなかで、完全な無医村になっているところは隠岐・西ノ島だけで、ほかは内科医だけの欠員になっています。どうされますか? かなり遠くばかりですが」
 タバコを灰皿でもみ消しながら東山は申し訳なさそうにいった。
 堀口はひとつ返事で隠岐の診療所を選んだ。遠方であることなど何のこだわりもない。自分のこれからの目的を考えると他の同僚医師などはいないほうがいい。
 「そうですか、無医村地区へのご貢献、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。ただ、ひとつだけ条件が記載されているんです……この了解をいただければと思うのですが……」
 「条件? なんでしょうか、それは」
 「ほかでもありませんが、この西之島のとなりに菱浦という島があるのですが、ここの診療所へも週二回の診療をお願いしたいそうです。居住者の数から常勤の医師はおけなくて、今までどうりに、通ってほしいとのことで……」
 「その島にはどのくらい離れているんですか?」堀口はすこし顔を曇らせて東山に訊ねる。
 もし遠く離れた島に二日も滞在するようになっては自分の時間がなくなる。離島を選んだ意味がなくなるではないか。
 「この要請書によりますと、船で片道十分ほどとなっています。先生のご都合にあわせた日時にこの島から送迎船を出すそうです。
 「よかった、片道十分ほどでしたら、軽いところですよ。了解しました。ただ一度、赴任するまえに現地の状況を見ておきたいのですが……」
 「ああ、それは、ごもっともなことです。状況をご覧にいかれるのは何時ころに? 島根県庁の厚生部に連絡しておきたいのですが……」東山は堀口の経歴書を見ながらいう。
 「そうですね、わたしの身辺整理もありますから、五日後の十月二十八日、月曜ということでいいでしょうか……」堀口は手帖をみながらいう。
 「はい、わかりました。十月二十八日、月曜ですね……その旨、島根県庁のほうへFAXで連絡をしておきます。先生からお出し頂いた書類は書留便できょう、送っておきます。数日中に、西之島役場から文書で先生のお手元へ連絡があると思いますが、その節にはよろしくお願いを申し上げます」東山は膝に手をおいて、丁寧に頭を下げた。官公庁の課長としては実に好感が持てる男だった。堀口もやはりつられて深く頭を下げる。

☆                ☆

 自治省を出た堀口は地下鉄の大手町駅へと歩いていた。東京メトロで外賀綜合病院に近い三田駅まで行くつもりだ。東京は朝から大粒の雨が降っていた。傘をさしていても、スーツの肩が駅へ着くまでに大濡れになってしまう。それから三十分ほどで三田に着いた。
 これから、外賀総合病院へ顔をだすつもりだった。
 病院長の外賀はまだ当分は拘留されるだろうから、専務理事の大日向に挨拶してから退職の手続きをとるつもりだった。
 いまの状況は閉鎖状態と同じだろうと推測できた。全員が解雇されるのも時間の問題であろう。わざわざ退職の手続きなどしなくてもと思われるが、やはり「解雇」と「依願退職」とは外部からみたときには大きな違いがある。堀口のプライドが「解雇」は納得できない。なにがなんでも依願退職としたかった。
 わずか十日余りの留守だったが、外賀綜合病院の屋上が見え始めると、なにか心がときめくような感情が湧きあがってくる。崩壊寸前にあるという意識によってその高ぶりは空しさに変わる。病院の前まできたとき堀口の足は金縛りにあったように硬直した。
 パトカーが二台、そして屋根に小さな赤色灯をつけた覆面パトが三台、そして一台の中型バスが駐車場を埋めるように斜めになって停められている。ほかにテレビ中継車がそのすき間をうめるように三台も停まっていた。
 雨の中でも、何台かのビデオカメラがカバーを掛けて、正面玄関を捉えている。雨が降りしきるなかで二十人近い腕章をしたカメラマンたちが傘、或いは防水コートをつけて立っていた。またまた警察の捜査が始まったのか……? 家宅捜索なのか?
 堀口は全身に悪寒が走るのを感じた。警察と言うものに対し嫌悪感をもつようになっている。拘置されていたときを思い出すだけで胃が痛くなる。病院の裏手に回ってみた。
 そこにも数台の警察車両が停まっていた。制服の警官が三人、職員出入り口を監視していた。道から見えるだけでも、二台のテレビ中継車がある。病院を取り囲んだ警察と報道陣……大がかりな捜索が行われているのだろう。
 堀口はそんな光景を横目で見ながら通り過ぎる。こんなところへ入っていく必要などもうとうない。飛んで火にいる夏の虫にもなりかねない。大日向への挨拶などは電話で済むことだ。退職届も大日向の自宅に郵送すればいい。歩を早めて堀口はそこから遠ざかった。
 十数年のあいだ、内科医、そして内科医長として勤めあげてきた病院だったが、もう振り向く気にもなれなかった。これからも訪れることはないだろう。ゆっくりと歩きながらも堀口の脳裏には大日向や医局の医師たちの顔が次々と浮かんできた。

 その翌々日、西之島役場から町長名の速達便が堀口のもとへ届けられた。久保田遼太郎と記された毛筆の手紙は書道家と思えるような堂々とした達筆だ。かなりの年配らしい。
 文面は診療所への赴任承諾へのお礼と、島へ訪れるときの空路か列車の利用か、また最寄りの到着空港、又は駅名と飛行機の空港着時間、列車なら列車名、号車番号をFAXでご連絡頂きたい旨が記されていた。空路なら隠岐空港より米子空港が便利だということや、空港又は駅ホームまで、役場の係員が堀口の名前を書いた紙を持ってお迎えに上がっている、というようなことも付記されていた。
 碧も彩香も列車では疲れるといって空路を勧めたが、そんなに急いでいくより、久し振りに列車で旅の気分を味わいながら旅をしようと思い列車に決める。東京を22時ちょうどに発車する寝台特急「サンライズ出雲」に乗ると翌日の朝九時過ぎには米子駅に着く。
 渋谷駅で二十七日乗車のA寝台個室券とともに三十一日乗車の同様、東京までのA寝台個室券も購入できた。すぐ、米子駅着の到着日、列車名と到着時間、号車番号、そして帰京日と米子駅発の列車名と発車時刻をFAXで送信しておく。
 堀口にとっての新しい道が開けようとしていた。赴任したこの島で不思議ともいえる偶然の出逢いによって自分のこれからの進路が固まることになることなど知るよしもない。
 予期不可能な「偶然」という機会はひとの人生までも変えることがある……

☆                ☆

 別府の空は今朝も雲ひとつない快晴である。遠くに見える山上に眩しいばかりの朝日が上がってきた。暖かいはずの別府だが、近くの小高い丘にある落葉樹はもう、少しずつ葉を落とし始めている。蒼い空を無数の秋アカネが飛んでいた。秋たけなわの別府だ。
 東洋医学療養センターの起床時間までまだ一時間もある。院内では歩く人がいない静かな早朝のひとときだが、庭内では五、六人が朝の散策をしていた。池のそばにある一つのベンチにひと組の男女が座っている。恵美と逸平だ。


 「ねえ、あなた。ほんとに、きれいな空ね……これがコバルトブルーっていうのかしら」
 恵美が空を指さして云う。朝日に照らされた恵美の顔はいっそうに健康色が強調された。
 そればかりではない。ずっと若返っている。顔も腕の肌もつやつやとして三十代といってもいいほどの輝きがあった。半そでのブラウスからのぞく腕も、みずみずしさがある。
 「……こんなにきれいな空は東京では見られないもの……お天気がいい日でも、白くかすんだお空だものね、いつも……でも、ここなら、ただこの澄んだ空気を吸っているだけで、病気があっても、自然に治ってしまいそうね……」そういうと恵美は胸を張って深呼吸する。
 その顔は喜びと満足感に満ち足りているようだ。
 「ほんとに、早朝の空気というものは気持ちがいいな。空気がうまいよ」逸平も恵美につられるように深呼吸を始める。
 「ここはすぐ近くが海だから、たとえ濁った空気があっても直ぐうみ風に飛ばされてしまうのかもな。こんなところなら、もっと長いこと居たいもんだね。それも断食ではなくて、おいしいものを食べながらね……」願望を込めた口調である。
 「あら、あなたはまだ、食べることへの妄想がなくならないのね。食いしん坊さんだこと……」恵美が微笑みながら逸平を見る。
 「そう簡単にはなくならないよ、恵美。ま、ひと頃のような空腹の苦しみは消えたけど、腹いっぱい喰いたいという願望はまえより強まったみたいだ。困ったことだな、恵美。淺川先生の講義にあったようにさ、ここから出たあとの生活がいちばん大事だというのに、オレがこの食欲をセーブできるかどうか、まったく心配なんだ。こんなことをいってる今でも、恵美が作ってくれるボンゴレのスパが目に浮かんでくる……」
 その妄想を早く打ち消したいのだろう、逸平は両手で目をこすった。
 「東京へ帰ったらいろいろつくってあげるわよ。あなたが好きなものを。だけど、少しずつね。おおかた外では、満腹になるまで食べるんだから。家では少食の粗食にするわ。千島学説の3S主義の実践よ。よく噛むことは、あなたの努力しかないけどね」
 恵美はイタズラっぽく笑いながら、逸平の頬を指で軽くつつく。



(つづく)