長編小説 霧のなかの巨塔  第36回

   第三章 美しき旭日

   


  ■ か げ ろ う


 堀口がこの西之島・浦郷診療所にやってきてから初めての外科患者、吉村が元気に退院していった日の午前中に、堀口は新生命医学会の事務局へ千島喜久男博士の著書「血液と健康の知恵」と千島学説関連図書の目録を注文した。
 翌々日に届いた図書の包みを心弾む思いで開く。事務局で初心者にも理解しやすい内容と説明され、送ってくれた「血液と健康の知恵」のページを早速に開いた。目次をざっと見ただけで、堀口は目がくらくらとするような感覚を覚える。自分たちがこれまで間違いない常識として確信し対処してきた、ほとんどの医学定説とされていることが誤っているらしい。堀口は一字一句たりとも見逃すものかと夢中でページをめくっていく。それから三日後、堀口は診療所は学会のためとして二日間休診とし、前日に承諾を得ておいた岡山市の成田外科病院を訪ねた。前日の電話では、成田院長は千島喜久男博士の生前には大変懇意にしていて、岐阜市外にある博士の自宅へも幾度か訪れこれからの医療について語りあったという。
 混迷を続ける現代医学の治療からひとりでも多くの患者を救うため、断食と鍼灸を応用した東洋医学応用科を設置し癌患者を対象に治療を行いかなりの実績が上がっているという。七十五歳になったという成田博士はその年齢よりずっと若く見えた。
 顔の肌つやは若者のようで全身に活動エネルギーが彷彿としているかのよう。太い黒縁のメガネからは柔和な目がのぞいている。180センチを超える背丈に比例して横幅も結構ある。年に二回は必ず30日間の断食を実践していることが健康保持の秘訣だと大きな声で堀口に説明した。
 柔道五段という成田博士は今も月に数回、市内の柔道場で師範の役も受けているということを聞いて堀口はただ驚くばかりである。

 「堀口先生、これを契機とされて中医の資格を取得されてみませんか、中国へ少し留学して。針麻酔や断食など中医の存在が必要となる場が日本でまた世界でも増えてくるものと思えます。この病院でも中医が私のほかに一人しかおらず、かれも他の病院との掛け持ちなもんですから、なかなか大変なんですよ。人手不足でね。日本の医師免許に中医の免許があればこのうえない強みですよ。ライセンスを取られた暁には、ぜひこちらへ来て下さい、大歓迎です……」そういうと執務デスク上のインターホンで秘書を呼ぶ。
 「ああ、すまんけどな、セブンスターを一つ買って来てくれ、それから灰皿もな、そう、頼みます……きょう、堀口先生にお逢いでき嬉しくてね、五年止めていたタバコを少し吸いたくなりました……」卓上のコーヒーカップを手にとりながらいう。
 「成田先生、中医の免許は中国でしか取得できないんですか? 英語なら何とか話せますが中国語となるとまったく……」困惑したような口ぶりの堀口だ。
 「わたしが知る限りでは日本にはないと思います。中国しか……言葉のことは心配いりませんよ、講座には日本の教授がたくさんいますし、日本語コースもあります。講義で言葉の壁はありませんからご安心下さい。ただ日常の会話にはしばらく支障があるかもしれませんが、多くの日本人がこの大学で中医を学んでいますから、余り言葉の不便さはないと思いますよ……」成田博士は笑顔で説明する。
 「……堀口先生、先生にいろいろとお世話になった吉村君は、お聞きになったと思いますがわたしの娘のつれあいなんです。東洋医学に転向するといいますので、中国行きを勧めましたがカイロプラクティックをやるといいますので、実に残念なことだと諦めていたところに先生がお見えになったというわけです。本当になにか神のおぼしめしか、奇跡が起きたような気になっています……実に嬉しい……」
 ドアのノック音とともにスカイブルーの制服を着た若い秘書が、タバコをもって入ってきて院長にタバコを渡し、応接のテーブルに灰皿を置くと、軽く頭を下げて部屋を出ていく。
 「成田先生、選考試験はいつなんですか? 試験科目も教えて下さい」
 「いやいや、ご心配いりませんよ。先生の場合はドクターですから選考試験などありません。医師免許の写しの提出と入学手続きだけです。新年度の学期は来年の一月からです。あと二ヶ月少しですね。もしなにでしたら、この病院からの留学ということも出来ますが……どうしましょう……」タバコの封を切りながら堀口の答えを待つ。
 「はい、有り難うございます。費用のほうはどうぞ、ご心配なく、わたしのほうで致します。それで先生、その大学は中国の何処に……」
 「はい、遼寧省の大連です。この大連市のリュイター、旅という字に、大きいと書きます、旅大といいます。ここにリュイター医科大学があり、そのなかに二年制の中医専攻科があります。医師免許を取得している人の便宜を図って十年ほどまえに追加されたコースなんです」成田博士がタバコを吸いながら説明する。タバコの煙りが僅かな空気の流れによって揺らぎながら上に上がっていく。
 「有り難うございます。わたくし、中医の道を進みます。今までの胸のなかにあったモヤモヤが消え去ったような気持ちになりました。先生のお話を聞いて決心がつきました。よろしくお願い致します」堀口が笑顔でいった。その声には爽快さが覗える。
 「よかった、決断して頂けて。先生のような優秀なドクターに中医のライセンスを取得してもらえるなんて、このうえない喜びです、ありがとう……」
 成田博士の声は感激のために震えていた。座ったまま堀口に握手を求める。二人は固く握手を交わしあう。そこには西洋医学と東洋医学を融合させた新しい医学を樹立させようとする熱意が炎となって立ち昇るかのようだった。

 それからの堀口は多忙を極める毎日となる。自治省への離任の届け、身辺の整理、帝北大学病院の父への報告、さらにまた中国・大連に赴いての入学手続や学費の納入と目がまわるような忙しさがつづく。
 堀口の中国への留学に家族たちは強く反対したが、堀口の決心を変えることはできず押し切られてしまう。不本意ながら了解するしかなかった。岡山市の成田病院への幾度もの報告、東京の自宅への立ち寄りなど、西之島の診療所にいる日数は数えるほどになり休診日が続く。島の人たちは短期間の在任だったが、堀口の離任を心から残念がってくれた。赴任からわずか三ヶ月という島の生活……離任する日が近づくにつれて堀口はいいようのない寂しさを、ひしひしと感じる。
 島の人たちの善意にふれてきた今、申し訳のなさで胸が締め付けられるような思いになってしまう。今のところ、この島への後任者はまだ決まっていなかった。それを考えるとなおさらのこと身がつまされた。しかし、決断をした今、それに拘わってぐずぐずしているわけにはいかない。時の流れは早く堀口の離任が明日に迫った。
 その夜、浦郷公民館で送別会が催される。町長や助役など役場関係者ばかりのその会は白々しく退屈そのものだ。住民たちと違って心のふれあいがないため、挨拶する人間のひとこと、ひとことに歯が浮くような不快感さえ感じられる。しかし、だからといって途中で退席することもできず、二時間ほどを苦痛のなかで過ごした。
 翌朝は霧雨が降るあいにくの天候だったが、港には数十人の人が役場関係者とともに見送りに来てくれる。堀口の手を握って感謝の気持ちを伝える人もいた。
 皆に見送られて役場が手配した大型のクルーザーで本土へ向けて出港する。天候がよいときには、あれほどにも美しい日本海だが、今日は鉛色の空を映して暗い陰気な色に変わっていた。島の人の姿が見えなくなるまで堀口は手を振り続ける。島の人たちへの心からの感謝と着任早々に離任した謝罪の気持ちをこめて……




 別府市の空は今日も快晴だ。日中は暑さを感じるような日もあったが、十月も下旬ともなると南国とされる大分でも朝夕は秋の冷たさが感じられるようになっていた。
 あれほど喧しいほど鳴いていたセミの声もいつの間にかまったく聞こえない。ここ鉄輪にある東洋医学療養センターでは、午前の診察時間になっていた。診察の指示がない人たちは共同作業である庭内清掃にあたっている。
 本館にある第2内科診察室前のベンチには十人ほどの患者が座っていた。そのなかに恵美の顔もある。指示がない逸平は庭内の清掃作業をしているのだろう。
 「姿さーん、姿恵美さーん……」診察室のドアが開き看護師が恵美の名を呼んでいる。
 「はーい」恵美の声は大きく明るい。どうみても癌患者とは思えない元気さだ。
 「はい、姿さん、どうぞ」デスクに座っていた水上医長が診察室へ入ってきた恵美を笑顔で迎える。
 「姿さん、あなたのもつパワーはまったく素晴らしい! この写真を見て下さい。左側の写真は帝北大学病院へ入院されたときのCT写真です。ご覧なさい、ここ中央部近くに二ヶ所、白く濁った箇所があるでしょう? これは肝臓上部にあるヘパトーマといわれる浸潤性の肝臓癌の病巣です。ここにある大きな白い組織は膵臓の頭部にある癌巣、こちら今は摘出されてありませんが胃の幽門部の癌腫、胃の上部の白い塊り、これは食道癌の癌巣です。帝北大学のカルテによりますと『胃以外、肝臓ヘパトーマは出血防止として組織血管のバイパス処置の施術実施のほか他臓器処置は危険のため直ちに閉腹』と記載されていますから、胃の摘出術を受けられたときには、どれも手がつけられなかった極度に進行した状態だったのでしょう。それがここへ入院される前に、なにの治療も受けられていない十日ほどの間に、すべてが半分以下に縮小していました。ふつうの知識の医者には理解できない通常には起きることがない特別な現象の結果だったといえますね。最初、お逢いしたときのあなたのオーラ、まったく驚くばかりの強烈な放射でしたが、今もまったく変わらない強烈な放射が続いています。
 あなたから放射されている電気的なエネルギー放射、オーラが減少することなく常に放射されていることがなぜだか私には分かりません。驚異としかいえないのです。
 ご覧なさい、この右側の写真、きのう淺川院長の許可を得て極力短時間で撮影した全体のCT写真ですが、何処にも癌腫の像がありません。実にきれいな像です。すべての癌腫は完全に消えています、消滅したのですよ、姿さん、おめでとう……」
 水上は嬉しそうにそう伝えた。自分が主治医となっていた患者のすべての癌腫が消滅したという感激はたとえようがない喜びだった。
 このような劇的な治癒をみたのは十六年まえ、このセンターに赴任してから初めてのこと。末期の進行癌を幾つも抱えて入院してきたのに、そのすべての癌腫が退院前に消滅してしまったのである。そしてこの患者がもつ驚異的ともいえる強烈な金色をしたオーラの放射がある人に出逢ったことも初めてだった。そしてこの患者には特別な関心があったのだ。入院の依頼が小児喘息の部門においては世界にも著名な畑中辰太郎博士からであったこと、もう一つはこの患者の執刀医が私大医学部の雄、帝北大学医学部の第3外科の主任教授であり、次期大学病院長に内定している鬼塚喜八教授で、胃の切除が可能だった以外にはどの臓器も切除不能とカルテに明記してあるほど末期の癌だったのだ。その癌が退院日を前にして残存していた癌腫がすべて、急速に消滅してしまった……そしてその患者は自分がこれまでに見たことがない強烈なオーラを放射しているのだ! 絶えることがない眩しいほどの……もし以前からこのオーラを放射していたのなら、その体には癌などというものは発生できない。このオーラというものは癌や体の異常を駆逐する未知ともいえる電気的エネルギーなのである。だから、この患者のオーラは入院する前後にオーラが強烈なものに変わったことは間違いない。さすがの水上にもそのパワーアップの原因がどうしてもわからなかった。この劇的な治癒の原動力になったのがこのオーラであることは間違いないのだが……水上はそのオーラが強烈になったきっかけを解明したかった。


 「えっ、ほんとですか、先生、ほんとうに……?」すべての癌腫がきれいに消滅していると聞かされて恵美は大きな声で水上に聞き返す。
 「ええ、間違いありませんよ、姿さん。ご覧になられたように、癌腫というものはきれいに消滅しています。あなたのように劇的に完全治癒した例はこれまでで、私には初めてです……」
 「嬉しい……! どうしよう、わたし……」恵美は嬉し泣きになる。涙が頬を伝っていた。治っているのではないかという大きな期待はもっていたが、医師から直接に癌腫消滅という宣言を受けると、驚きよりも感激が先に立つ。夢を見ているように思える恵美。だが、恵美を見ている水上医長の顔から現実だという確信がもてた。
 「有り難うございました、先生、先生のおかげで……」
 「何をいってるんですか、姿さん、私は何もしていませんよ。あなたのCT写真を極力短時間で処置するように技師へ指示した以外には何もしていません。あなたは、ご自分の力で癌に打ち克ったのです。あなたの、癌と闘うんだという、たくましい意欲が癌を消滅させたんです。癌の治療にはこれまでやってこられた断食療法が癌腫の縮小、軽快に特効があることは古来から知られていることで、数え切れないほどの症例で実証されてきましたが、姿さんのように幾つもの臓器にあった癌腫が一度に、そして完全に、さらに一ヶ月も経たないうちに消滅してしまつたという例は、このセンター始まって以来の出来事です。その消滅の原因は、あなたの体から絶え間なく放射されているオーラが大きく影響を与えているものと思われるんですよ、私の推測なんですけどね。それ以外に考えられないのです」
 「先生がおっしゃる、そのオーラというもの、今もわたしから出てますの……?」
 「ええ、放射されていますよ、すごい放射量です。まぶしく金色に揺らいでいます。まるで陽炎のようですよ! あなたのような、強烈なオーラを放射している人は、ほんとうに初めてです、実に素晴らしい!」水上は自分のイスを後ろへ引くと、恵美の全身を魅せられたようにながめる。
 「わたしには、何もみえません……」恵美は自分の体を見ながら困惑した声でいう。
 「オーラという現象は超エネルギーという目に見えない、電気的なものなんですが、超能力者という特別な能力をもつ人だけ、或いはキルリアン装置という宇宙的エネルギーを感知できる機械なら見られる特別の現象なんです。これと同じような現象の一つがUFOです。これもオーラと同じように次元、ちょっと難しい語ですが、わたしたちが生活するこの世界は『四次元』の世界です。四次元とは縦、横、斜め、そしてその間にある空間、この四つの世界に囲まれた世界ですが、オーラとかUFOというものは、それ以上、いわゆる空間のなかのさらに細かな空間に存在する世界、五次元、六次元、七次元といったような別の世界の現象ですから、超能力がある人でないと見たり、感じたりすることはできません。これを『受感能力』といいますが、たとえば、UFOを見ることができる人はオーラを見ることができる可能性があると思います。今も言いましたように、オーラはほとんどの人は見ることが出来ないものですが、実際は、この地球上の動物でも植物でも微生物でも、生命をもつ生物体にはみんな、その強弱はありますが、誰、また何にでも存在します。オーラはその生物が生きている証しだといえますね。そしてその放射量の強弱がその生物の生命力のバロメーターになります。そのオーラというものは現代の科学力では解明することが……」
 受付の看護師が水上のところへ来たため話は中断された。
 「先生、次の患者さんですが第3内科のほうへお通しするようにしましょうか?」
 「あ、そうだね、お願いします。わたしは姿さんと、まだお話があるから、第3の坂下君と杉田君に診察させて下さい。皆さん、中間診察の方ばかりだったね」
 「はいそうです」
 「よし、じゃ、そのようして下さい。なにかあったら呼んでよ」そういって看護師への指示を終えると水上は再び恵美の方へ向きなおる。
 「このオーラの謎は現代科学の力では歯がたちません。放置されたままです。現代の科学というものは誰の目にも見ることが可能なものしか研究の対象にしません。オーラとかUFOといった特殊能力がある人しか見えないものは迷信とか気のせい、見誤りなどという言葉で片付けてしまい真剣に取り扱おうとしません。実に残念なことです。そんなグチをいっていても仕方ありませんね。それはさておき、このセンターでもオーラを見ることが出来るのは私ひとりだけなんです。私が尊敬する淺川病院長もその前の病院長、畑中先生もこの能力はもっておられません。こういう能力があるのは百万人にひとりくらいだと言われています。どう? 話しがちょっと難しい?」
 話を中断して水上は恵美にといかけた。
 「いえ、よく分かりますよ、先生。先生はもう生まれたときから、その能力が?」
 「いやいや、ずっと最近のこと、十二年まえですから、ここへ赴任してから四年後ですね。わたしはそのとき、まだ夢をみているのかと思い、何回も目をこすりましたが、現実だったのです。本当に驚きました。突然、一夜にしてその能力が生まれていたのです。朝、目が覚めた時、寝室の出窓に置いてあった植木鉢のウメの花が白いような光をだしているのに気づいたのです。まだツボミの段階にある花は淡い緑色の光を放っていました。何の光もあたっていないのにね。その日から、人も動物も植物も、また細菌でも僅かですがオーラを放射していることが分かったのです。その生命力に比例した色、最高が金色、オレンジ、白色、そしていちばん生命力が尽きかけた色は紫色という具合に様々な色のオーラを放射しています。そして、不思議なことなんですが、自分のオーラは見ることが出来ないんですよ。残念なんですけどね……」
 水上は自分の肩のあたりを見ながら笑顔でいう。
 「ご自分のオーラは見ることができないということは、気分的には落ち着くかもしれませんね。調子がいい時には、見ているのが楽しいでしょうけど、万が一、自分のオーラがだんだん弱くなっていくのが分かったときには、かなりのショックを受けそうですものね……」恵美はもし自分でも見えたら精神的に苦しいことだと思えた。
 「おっしゃる通りです。もし自分のオーラを自分で見ることができたとしたら、大変な苦痛になると思いますよ。オーラに振り回されることでしょう。見てみたいと思うことはおもいますが、自然という神はそのようのことができないようにしているのでしょうね。『オーラはその源である生物体が有するエネルギー量に応じた放射をする』
 ……この原則は事実なんですが、今の科学や医学はまったく信じようとはしません。ヘタをすると気違い扱いをされるかもしれない状況です。だれでも理解できるような確実な証拠というものが示せないためです。このような超自然現象を電気的に記録するキルリアン装置という記録機があるのですが、これで記録撮影した写真をみても、トリックだといって信用しません。
 新しい事柄には疑いしかもてない、保守的な考えが主体となっている科学者たちですから理解させることは今のところ無理ですね。頭が固く弾力性のある考えに切り替えることができない人間というのはやりきれません。また、事実であると思っても、気狂い扱いされるのが怖くて、知らぬふりをしている人もいると思いますけどね。
 でも、私はその後、患者さん方の診察をするときには大変役立っています。患者さんの体力が一目瞭然で分かるんですから……」
 眩しそうに恵美を見てから水上は真剣なまなざしでいう。
 「姿さん、あなたの眩しいばかりの強烈なオーラは、帝北大学病院へ入院される前にはなかったのではないかと、推測しているんですが……なぜかといいますと、これほど強いオーラが放射されている方は、如何なる病気をも寄せ付けない強い抵抗力があることを証明している現象なんです。当然に癌にもならなかったと断言できることだと私は考えています。私の推測だけでお話することは恐縮なんですが、ほとんど放射がなかったと思われるあなたが、どうして急速に、これほど強いオーラが放射されるようになったのか、わたしにはその契機が分からないのです。もし、お差支えなかったらこれまでの経過をお話し頂けないでしょうか。これからの治療の参考にしたいのです。もちろん、記録などはしません。わたしの頭のなかに収めておきます……」


 水上医長の依頼を断る理由など恵美にはなかった。これから、このセンターを訪れる人々の治療に役立ててもらえるようなことがあれば、それは光栄なことである。
 恵美はこれまで、家庭での恐怖となっていた次男、正樹の幼いときからのことを話し始める。ただ、夫、逸平の愛人問題についてのことは伏せておいた。今は制裁を受けて超大会社の東洋自動車から放出処分を受けた夫をこれ以上傷つけることはない。
 夫の逸平は恵美にとって今も最愛の人だった。
 三人の子どもたちがまだ小さいときから、夫は長期の海外派遣が続き、ほとんど家庭にいることがなく、三人の子育てを自分ひとりでやってきたこと、その寂しさと心細さは言葉で言い表すことができないほどの精神的な苦痛だったこと、長女と長男はなにの苦労もなく育ったものの、次男の正樹による小学校三年生のときから始まった狂気ともいえる母親に対する家庭内暴力で、毎日、新しくできる生傷のため年中、傷跡が消えることはなく、幾度もこの子の枕元に包丁をもって立ち、殺してすぐ後を追う決心で刃物をかざし、子どもの顔を見たとき、幼いときのあどけない寝顔がかさなって体がかたまり、また残された二人の子どもや夫のことが目に浮かび、ことなきを得たこと、その正樹が父親の神戸転勤の折り、その子への恐怖観念からしばらく夫とともに自分も神戸へ行くことになったときから、今までにはまったく示すことがなかった母親への思い遣りからくる労わりがそこここに見られるようになり、まるで別人のような優しい子に変わり、あの狂気さは影すら消えていた。
 悪夢のようなあの地獄そのものだった家庭が、あっという間に明るく楽しい家庭に変わったたことなどを詳しく話す。
 それから間もなく誰もいない自宅で突然に吐血し、出血多量によって意識不明になって廊下で血の海のなかに倒れていたのだ……学校から下校した正樹に発見されるまで……正樹からの119番通報によって救急車で近くの救急病院に搬送されたものの処置中に再び大量の出血が始まり、応急手術を必要としたため、帝北大学病院へ緊急転院し、深夜の緊急手術によって一命を取り止めたこと、また意識が戻ったとき、夫に自分のほんとうの病名を教えてほしいと懇願し、自分の体には、摘出した胃のほかに食道、肝臓、膵臓にも末期まで進行した癌腫があったが、手遅れの状態だったため放置されたままになっていること、さらに自分がまだ意識不明のとき、夫の上司が畑中博士の親友であることを夫が思い出し、上司の山本から紹介してもらい畑中博士に相談し、帝北大学病院を退院し、畑中博士が副総長を勤める東京内科小児科病院で断食治療で根本療法を行うという畑中博士と執刀医だった鬼塚教授の約束で抜糸後すぐに円満退院した旨も知っている限りを話す。
 夫から自分が末期の癌であること、また幾つもの癌が体に残されたままになっていることを聞いても、驚くことも、怖ろしいと思うこともなかった。自分は癌であることは以前から気づいていたからだ。
 明るい家庭がやっと戻ったというのに、こんな病気なんかに負けて死ぬことなどできるものか! 癌のすべてをこちらからやっつけてやる! という猛烈な対抗心が体の芯から湧き上がるのを感じた。そして自分のなかに巣食っている幾つもの癌腫に自分の熱いエネルギーをヒマなく吹きかけるように努めた。絶対に負けるものか、という堅固な意志とともに……


 「ご苦労なさったんですね……それは大変だった。よく頑張ってこられました……
 息子さんがいい子になって明るい家庭が戻ったというのに、癌なんかで死んでたまるものか! という強固な意志が、あなたを助けたのでしょうね。あなたの強烈なオーラは強い意志によって急速に強まって放射され始めたんですね。わたしには、よく理解することができました。強烈なオーラ発生の契機が……姿さんの超エネルギー、いわゆるオーラが一気に高まったのは、その坊やの変化と生き甲斐の誕生にあったんですよ。以前の状態、そして新しい環境……この格差が大きいほどいい場合には感動が強まってオーラの放射も高まりますが、その逆のとき放射が極端に弱くなってしまいます。心の状態ひとつで生命力も大きく変わるのですね……」
 「わたしたちが、神戸へ出発する朝、早朝なのに玄関まで見送ってくれた正樹の余りにも寂びそうな、何かを訴えるような目をみたとき、わたし、正樹を一緒に神戸へ連れて行きたいという衝動にかられました……あの子のそのときの目は一生、忘れることはできません……」恵美はハンカチで涙を拭う。
 「……あれほど怖ろしかった子が、突然、あんな優しい子になるなんて……」
 「姿さん、その子は昔から、ほんとうはとても優しい子だったんですよ、甘えん坊のね。だけど心理的な何かの原因で、甘え方が歪んだ形になってしまった、或いは心にある何かの鬱憤をはらす人が大好きなお母さんしかいなかったのかも知れません。
 私はこちらの可能性のほうが大きいと思うんですが……その歪んだ甘えの対象としていたお母さんが、長いあいだ留守をするという、思いもよらなかった事態の発生で寂しくなるというどうしようもない感情が、正常な形で表にでた……それを契機に本来のやさしい性格が何の抵抗もなく自然に表へ出るようになったのではないでしょうか。こどもの家庭内暴力というものは、本人自体がそんな行動は許されることではないと、十分過ぎるほどわきまえているんです。いつかは止めなければ、いつかは止めるんだと思ってはいるんだけど、なかなか、そのきっかけを見つけることができない……坊やの場合は、最愛のお母さんがしばらくいなくなるという考えもしなかった事態が生じたことから、行動の切り替えがごく自然の形で可能になったんだと思いますね。それにしても、よかったですね。お母さん想いの子になられて……」
 「ありがとうございます。ほんとうに優しい、いい子になってくれました。これまでが夢であったかのように思えて……毎日、退院できて家に帰ることを楽しみにしています。早く子どもたちの顔が見たくて……」
 恵美は顔がほてるのだろう、ハンカチを膝に置き何度も頬にあてていた。
 「おうちの皆さん、あなたの癌腫がすべて、完全に消滅したことを聞かれたら、どんなに喜ばれることでしょうね、ことにその正樹ちゃんという坊やは……」


 東京・鵜の森にある恵美たちの家では、逸平の母、和江が夕食の後片付けをしていた。キッチンから皿が触れ合う音が聞える。
 「おじいちゃーん……」和江の元気な大きい声がした。ここひと月以上のあいだ、孫の世話をするようになってから、これまで以上に元気が出たようである。長崎ではほとんどさせてもらえない孫の世話や家の拭き掃除すべてが出来ることに、大きな生き甲斐を感じているのである。
 「おう……」逸平の父、源吾が渋い声で返事をする。居間のテレビでボクシングの試合中継を見ている。七十歳を少し過ぎた今でも大のボクシングファンで、タイトルマッチともなると、夢中になって画面のなかに嵌まり込んでしまう。
 「そこの急須を持ってきてくださる? お茶をいれ直すから……」
 「おう……」同じような返事をしながら、いっこうに立ち上がるような気配はない。
 タイのチャンピオンと日本の挑戦者のタイトルマッチ中継である。まだ第8ラウンドが始まったばかりだ。挑戦者が優勢に試合を進めているとなると、源吾はそう簡単にはテレビの前から離れることなどできないだろう。から返事だけだ。
 シビレを切らした和江が急須を取りにやってきた。
 「あらあら、またボクシングなの? いい歳をして、また血圧が上がって鼻血が出るわよ、いい加減に自分の歳をわきまえないと……」立ったまま和江が笑いながらいう。
 「なに、言ってんだよ、こんなもので興奮なんかするもんかよ……」和江の方を見ることもなくテレビ画面を見据えたままいう源吾。画面では挑戦者がチャンピオンをコーナーに追い込み、猛烈なラッシュを加えている。観客は総立ちになって大騒ぎになっていた。チャンピオンはグロッキー気味になり、いっそう喚声が大きくなる。
 「よくいうわね、おじいちゃんは。この前のタイトルマッチのときなんか、興奮し過ぎて鼻血を出して慌てたくせに……」和江も負けてはいない。そんな和江に源吾は黙ったままだ。返す言葉がないのだろう。
 いつものことだが、言葉で和江に勝ったためしはない。六十三歳で長崎の公立工科大学を停年退官し、すぐ大手航空会社の宇宙開発部門の非常勤役員となり、ここ二年ほどはNASAのエンデバーの改装計画を指導し、つい先ごろ任務を終えて帰国し、今は骨休み中というところである。世界に羽ばたく宇宙工学のエキスパートだが、妻の和江のかかるとウサギのようになってさまにならない。
 一見すると亭主関白にみられるが、役者は和江のほうが一段も二段の上だった。
 関白にさせているように見せかけて、何かというときには必ず和江が主導権を握ることになり、源吾がおもいどおりになることは先ずないほど、和江が強いはずなのだが、ふたりの子どもには女の子がいない……

 源吾は五日前、「恵美さんが退院して帰ってくるとき、羽田まで迎えに行く」といって長崎から上京してきた。和江に電話をくれた長男の嫁、聡美の話では和江が東京に来てからは、家にいる間いち日じゅう、そわそわとして落ち着かなかったという。
 「お父さん、お母さんがおられないことが随分寂しいみたいですよ。ガミガミ屋がいなくてセイセイしているよ、なんて言ってらしたけど、恵美ちゃんのことも気にかかるようだけど、まずお母さんに会いたいみたいだったわ……」と話していた。

 テレビのボクシング中継は12ラウンドが始まると直ぐに、挑戦者がチャンピオンの左アッパーをもろに受けてダウンし、そのままKO負けで終わる。
 源吾はテーブル上のリモコンでテレビのチャンネルを次々と換えていた。紀行番組を選ぶと面白くもないというように大きなあくびをした。そんなところへ、和江が入れ替えた急須をもって入ってくる。
 「あら、もう、ボクシングは終わっちゃったの?」
 「終わったんじゃないさ。挑戦者のKO負けだよ。いいところまでいっていたんだが、チャンピオンの一発で伸びちまった……」
 「そう、残念だったわね、興奮する時間が短縮されちゃって……」和江は夫をからかうようにいうと前から顔を覗きこむ。
 「バカいうてんじゃないよ、こんなくだらんことで興奮なんかするものか。このまえの鼻血はカゼ気味だったせいで鼻がつまったから、指をいれていてキズをしたんだ」
 源吾は負け惜しみで精一杯、作り事をふくめて大人げなく反論した。あのときには源吾自らが興奮してしまったことを認めていたのに……
 「はい、はい、そうでしたね。それはどうも、失礼なことを申し上げまして……」
 和江は子どもをあやすようにいう。
 「なあ、和江……」
 「はい、なんですか、急にあらたまってしまって……」
 「恵美さんと逸平、今ころは何をしてるのかなあ……」テレビの画面に目をおいたまま、しんみりとした口調でいった。
 「今は八時半だから、夜の講義を受けているんじゃないかしら? 毎晩、一時間か二時間は講座があるんだって。入院している断食コースの人たちみんながね。退院してからの注意点や、健康についてのお話があるんだって……」
 源吾の湯飲みに入れ替えた新しいお茶を注ぎながらいう。
 「入院しているというのに、普通の病院のようにテレビや本を見ながら、気楽に過ごすわけにはいかないんだな、可哀想に……毎晩、講義なんて、まるで全寮制の学校の補習授業そのものじゃないか」
 「そんな感じもあるわね。この前、恵美ちゃんがいってたけど、一日じゅう、スケジュール表に追われているんだって。朝の自分たちの部屋の掃除から、全員で庭内の清掃や近くの公園内の清掃をして、その合い間に主治医の診察やまた全員への講義もあって自分の部屋でゆっくりする時間なんかほとんどないんだって。ここは病人を病人として扱わないみたいよ」
 「患者全員での作業なんて、刑務所か少年院みたいだな……」
 庭木の葉を打つ雨の音が聞えてきた。源吾は立ち上がると廊下の窓ガラスを開けると戸外を見る。雨粒は見えないがパラパラという雨の音がおおきくなってきた。
 「外には何もなかったんだろ?」
 「大丈夫よ、何もなかったわ。夕方にはきれいな夕焼けだったのに、おかしな天気ね」
 「別府も雨かもな。こっちより先に降り出すだろうから……」暗い空を見上げながら源吾は独り言のようにつぶやくようにいう。

 源吾は恵美が可愛くてならなかった。長崎で同居している長男の嫁、聡美も源吾や和江にとって文句のないよくできた人だったが、恵美と比べると遥かに気性が激しい人だった。三人いる内孫たちへの接し方で時折りではあったが、聡美に叱られることがあり、源吾は和江のところへ来て、こぼすことも少なくない。
 そんな聡美とは違って恵美は優しさにあふれ、またおとなしい性格もあって源吾は我が娘のように思っていた。長崎から遠く離れていることも恵美への可愛さが募ることになったのかも知れない。
 ロケット工学の権威として米国でも有名な源吾は、恵美が外賀総合病院へ緊急搬送された日、技術指導のためアメリカのケープカナベラルのホテルに宿泊していた。
 ホテルの部屋に早朝、和江から恵美が意識不明のまま病院へ緊急搬送されたが危篤状態で、病名は幾つもの末期癌だという電話を受ける。そのとき瞬間だったが源吾はめまいを感じた。職務の重要性からすぐ帰国することなどできず、とりあえず、一日に数回、時差を計算しながら出向先の会社や工場、またホテルの自室から長崎の自宅へ電話をして、聡美から恵美の容態を尋ねるしか情報を得る方法がない。
 仕事を終えてホテルに戻って、ベッドで横になっていても落ち着くことなどひと時としてできるものではなかった。ベッド脇の電話が鳴った時には、不吉な予感にさいなまれた。和江からの電話では、どれも手のつけようがない末期癌で、胃だけは切除したがその他の癌はそのままにしてあって、余命はひと月ないだろうと医師はいっているという。意識はまだ戻っていないとも。
 電話を終えた後、源吾はベッドで声を挙げて泣いた。たくさんの癌腫を体に幾つも残してただ、死を待つだけになってしまった恵美が可哀想でならなかった。未だ若いのに三人の子どもを残して死を待つことになろうとは……

 ……どうして、ここまでに どうして逸平はここまで
 悪くなるまで気がついてやれなかったのだ! なにをボケっとしてたんだ!
 毎日、恵美さんの顔を見ていながら、どうしてここまで放っておいたんだ
 そんなことで、夫といえるか、バカ者が!

 恵美の意識が今なお戻らず危篤状態が続いている恵美の容態を想い浮かべていると
 息子の逸平への怒りが噴き上がってくる。恵美が危篤という連絡がはいってから、三日後に、意識が回復したという連絡が逸平からホテルのフロントに入っていた。そんなメッセージを受けとっても、安心感など感じるこことはできない。反対に目覚めたばかりに、これから感じるだろう幾多の苦痛にさいなまれることになる。それを考えるとなおさらに切なさが感じられてしまう。源吾にも苦しみの毎日が続く。
 帰国まで一週間足らずになった夜、退院したという恵美から直接の電話がホテルの部屋にいた源吾のもとへ入る。電話の向こうの恵美の声を聞いて我が耳を疑った。恵美の声には力が満ち溢れているのだ。弱々しい苦しそうな息づかいを予想していた源吾には別人のようにさえ思えた。さらに恵美は自分が末期癌であることを知っていたことにも驚く。これから体じゅうにある癌をきれいにするため、別府にある断食センターに一ヶ月間入院するんだといっていた。逸平も休暇をとって付き添うという。
 別府にいるため、お父さんの帰国時にはいないけど、別府から退院してきたときには、改めて長崎のお父さん、お母さん、そして聡美さんへお礼に伺いたいと、弾んだ元気な声で話してくれた。自分の体に幾つもの癌腫が残されていることを知っていながら、あの弾んだ元気な声をだすことができる恵美……以前の元気だった頃の声よりもずっと弾んだ声だった。なぜそのように極端ともいえそうな若返った声になったのかまったく理解できない源吾。何はともあれ恵美に想像していたようなやつれの気配がないことに安堵した源吾は、ようやく、これまで感じることが出来なかった喜びのなかで無事帰国したのである。
 和江はまだ一ヶ月以上は東京にいるため、二日ほど逸平の家に滞在して長崎へ帰っていった。長崎へ戻った翌々日、源吾は「別府は直ぐ近くだから恵美さんを見舞ってくる」といい出掛けようとする。聡美からこのセンターでは見舞いも面会も禁止されているから行ってもどうにもならないと聞かされても納得しない。源吾は聡美からセンターの電話番号を聞いて自分で問い合わせ、聡美のいう通りであることがわかり諦めた。お父さんには内緒といって聡美が和江に話したことだが、源吾は聡美以外の人間は誰もしらないと思いこんでいた。



(つづく)