A 巨大細胞の成因と赤血球のAFD現象
1 血球の融合による巨大細胞の形成
これは、前述したマクロファージや赤血球貪喰細胞と成因が似ています。しかし、一応は既成説に従った説明をして、後から批判を加えることにしましょう。
巨大細胞の成因は2種類あるとされています。核のみが分裂増殖して細胞質の分裂がこれに伴わないため生ずるプラスモジューム性のもの、そしてもう一つは、多数の細胞がその原形質膜の分子表面張力が低いために、融合して巨大な細胞を形成するシンシチュウム性といわれるものです。しかし、種々の巨大細胞が、プラスモジューム性なのか、シンシチュウム性のものなのかは明確にされていませんが、種類としては次のようなものがあります。
① 異物巨細胞……異物の周囲に内皮細胞、組織球、単球などが集まり、それらが融合したり、あるいは核分裂を起こしたりして生じたものとされています。これは明らかに血球の集合と融合による、シンシチュウム性のものとするのが妥当でしょう。
② 骨髄巨大細胞……その名のとおり、骨髄中にある巨大細胞です。核が数十個以上に及ぶこともあります。これも赤血球を貪喰する細胞などではなく、赤血球の集塊から融合が始まり細胞への分化途上にあるものです。
③ ランハン氏巨大細胞……結核結節中に現れる巨大細胞で数十から百個以上の核をもつことがあります。細胞核は周縁に花環状に配列されていますが、これは多分、巨大細胞の外側にある赤血球が融合によって核が新生されたものと考えられます。この細胞はシンシチュウム性であることは一般に承認されているようです。この細胞の中央部には、結核菌を貪喰していることがあるといわれていますが、これは多分貪喰したのではなく、赤血球によって取り囲まれたものが、細胞の形成過程のなかで中心に残されたものだと考えるほうが適切だと考えます。
④ スタンバーグ氏巨大細胞……リンパ肉芽腫組織に見られる巨大細胞で、大きさは必ずしも一定していません。これまで、その成因は解明されていませんが、これは静脈洞あるいは静脈内の血球が融合、分化して形成されたものに違いないでしょう。赤血球の分化という事実を理解し、承認しない限り、前述した各種巨大細胞の成因同様に、到底解明することはできません。
核のみが分裂して原形質の分裂を伴わないプラスモジューム性巨大細胞などというものは、細胞分裂説を信奉する人々が想像的に考え出したものです。巨大細胞はどれも原則的には赤血球の融合と分化によって生まれたもの。巨大細胞に核分裂が見られるというのは、赤血球の集塊あるいは栄養不良時に脂肪組織中にDNAが合成されるとき、互いに接近して核が新生するとき、それが分裂によって生じたものと見誤りがちです。
2 巨大細胞の形成と白血球の培養
巨大細胞が赤血球の集合と融合そして分化によって形成されることは、これまでに述べたとおりですが、ホフマンは白血球の融合によって、プラスモジュール性巨大細胞が形成されると次のように報告しています。
「人の血液をとって10分間遠心分離器にかけ赤血球層と血清層との間にある白血球層をピペットで吸い取り、水洗し、37℃で培養する。培養基中へ細かい孔を開けたセロファンを置く。これが巨大細胞形成を促すものと考える。白血球塊を培養して2時間後にはセロファンの表面に沢山の白血球が移動してくるが、最も早く移動してくるのは多型核白血球である。単球は多数融合して多核の巨大細胞を形成する。3時間後には他の細胞も融合して多核白血球を形成するのが見られる。単球は活発に活動しリンパ球を貪喰する。そして24時間後には立派な巨大細胞が形成される。或るものは10-12個の核を含み、それらは細胞壁近くに位置している。また細胞の破片を含んだ巨大細胞も多く見られるようになる。時間の経過とともに巨大細胞はさらに他の巨大細胞と融合して、百個、ときには千個もの核をもつ一層大きな巨大細胞細胞になる。そして、50-60時間後には多型核白血球は存在しなくなる。これは多分、一部分が巨大細胞に含まれていることから、貪喰されたものと考えられる」
ホフマンも、白血球が貪喰されたといっていますが、今までに述べたように貪喰ではなく、多型核白血球とその他の白血球が融合し、分化したために巨大細胞以外の細胞が次第に姿を消すことになります。彼は実験で有孔セロファンを使用しなかったときには、試験管のガラス壁に巨大細胞が形成されるといっています。このように巨大細胞の形成は、異物に接することが一要因になっていることが考えられます。
3 腫瘍中に見られる多核巨大細胞
この細胞について、幾人かの報告があるため紹介しましょう。ネーデルは人の甲状腺切除術をした後で、その部に70以上の核をもつ多核巨大細胞を見つけ、これは骨髄の肉腫と区別できないほどよく似ているが、起源はまったく別であるといっています。これに対しラサールは、この2種の巨大細胞は外観的に似ているだけではなく、その起源も共通点が多いとネーデルに反論しました。その以前にジョンソンが、骨腫瘍内の巨大細胞は大型単核貪喰細胞の融合によって生ずるといい、ガーターは骨腫瘍中及び甲状腺腫の巨大細胞も等しく貪喰作用の結果生じたものだと主張しました。
ガーターはさらに「巨大細胞はほとんど常に赤血球と共に出現する。しかもこれは、赤血球が血管外に出ることなしに、血管内で巨大細胞と一緒になっている。そして巨大細胞は常に血管の薄い膜で被われて血管の内部に現れる」といっており、ラサールもこの所見に賛成しています。しかし、彼らの実験や観察は既成学説を基盤においているため、空回りに終わっています。誰もこの巨大細胞が主として赤血球(一部は白血球)の融合と核の新生という事実にまったく気づいていないことは実に残念なことです。
4 骨髄巨大細胞内の赤血球
骨髄巨大細胞中に前述したような各種白血球(多核白血球、単核細胞)や赤血球が含まれていることは、しばしば報告されています。そしてその研究者のすべてが、これについて巨大細胞の貪喰能が活発になったためだといっています。しかしこの実験は、ウサギにペプトンあるいはリンパ球、骨髄細胞、胸腺核酸ソーダ等を静脈内注射して反応をみたものであり、正常体ではほとんど見られない現象です。尾曽越氏は、これらの白血球が能動的に巨大細胞中に侵入したものであるとし、その理由として、これらの白血球が退行変性の兆しを示さないことを挙げています。また赤血球は運動性がないから、巨大細胞中の無核または有核赤血球は貪喰されたものだと主張しています。しかし、そうだと断言するのは、少々問題があるのではないでしょうか。
巨大細胞中の白血球や赤血球には、成因が次のように二つあることに気づいていないからです。
① 栄養の良い状態で、赤血球(一部は流血中の白血球も含む)が融合し、小リンパ球または多核白血球の集塊、即ち『いわゆる貪喰性の巨大細胞』へ分化するもの。各種の物理化学的異物の刺激に基づく病的状態の場合に多く見られます。正常体でも時には程度の軽い赤血球融合体から骨髄細胞→骨髄脂肪へ分化、退行する像が見られます。
② 飢餓等の栄養不良時には、骨髄巨大細胞といわれるものは、骨髄脂肪→巨大細胞→赤芽球→赤血球へと逆分化します。
この二者を区別するには、実験動物の栄養状態をよく調べる必要があります。
赤血球貪喰細胞といわれる巨大細胞は、赤血球の集合と融合、そして分化する、いわゆるAFD現象によって形成されたものなのです。前述したように、赤血球を貪喰したものと誤った見方をしているとしかいえません。また、巨大細胞にはプラスモジューム性(細胞核だけが分裂して細胞質の分裂はないとされるもの)のものがあると一般的に考えられていますが、そのような細胞が実在することは考えられません。核分裂と考えられている像は、赤血球が融合して細胞核を新生しているとき一見すると、分裂しているかのように見えるために「核だけが分裂する」と捉えただけのことです。
巨大細胞といわれるすべての細胞は、赤血球、またはその分化によって形成された細胞が、AFD現象の結果として生じたものと考えるのが妥当ではないでしょうか。
B 「骨髄外造血説」と血球の可逆的分化
『生後の造血では血球のうち赤血球と顆粒白血球は骨髄で、リンパ球はリンパ節で造られるが、胚子時代には肝や脾でも赤血球は造られる』と一般に考えられています。しかし、この定説を信じている人々でも、疾病やその他の異常な状態ではこれら以外の場所でも造血が行われていると考え、これを「骨髄外造血」とか「異所造血」と呼び、異常時という限定はありますが、骨髄外の造血を認めています。その諸説は次のようなものです。
▼胚子・幼児時代
出生前または出生直後には肝、脾、胸腺、腎、腎盂、乳腺、腸間膜、足の裏、汗腺、背部・頭部の皮膚等に赤血球造血巣が見られたと、ブロックやウエイルその他が報告しています。しかし、これらはみな赤血球が器官、組織細胞へ分化している状態を見誤ってそのような判断をしてしまったのでしょう。
マキシモウは、胚子では卵黄嚢や肝ばかりではなく、すべての部分で間葉性細胞から赤血球を始め、各種の血球を造血していると報告し、多くの支持者を得ています。これらの造血巣といわれているものは、正常栄養のときなら赤血球がすべての固定組織細胞に分化している状態を見たものであり、栄養不良な病的状態のときなら、その反対方向への分化によって赤血球が造られている様子を観察したのでしょう。これまでの造血学説が大変な誤りであることに気づく時はきっと来るに違いありません。
▼成体では・・・
成体でも腎、生殖巣、脾などで異所造血を見たという学者もいます。それに対しブルームは健康な成体でも異所造血は決して起きないと断言しています。それはともかくとして、成体でも病的状態では異所造血を見たと報告する学者が大変多くいます。ブルーム、ワーレン、プレーマンたちは、病的状態では肝、脾、稀に副腎、腎、軟骨、靱帯、すべての脂肪組織に異所造血としての像を確認できたといっています。
骨髄外造血(異所造血)と呼ばれているものは、生後の疾病等の異常な状態で、体の殆どすべての組織で見出されます。これは千島学説・第2原理『血球と組織の可逆的分化説』の栄養不良時における固定組織から赤血球への逆分化に該当する事象です。また胚子時代や幼児時代には、正常な場合でも比較的多くの異所造血像が見られるのは、この時代には成長が極めて旺盛且つ迅速であり、赤血球から各固定組織細胞への分化像が頻繁に見られることから、その分化方向を逆に見て造血の場所だと誤解したものでしょう。
これまで、造血巣といわれている場所は、
① 血球と固定組織細胞との間に、その分化途上にある中間移行型が存在する。
② 比較的多くの赤血球が存在している。
③ 血球母細胞といわれる細胞に分裂像がみられる。
などということが、その判断の基準とされてきました。しかし①②の項は赤血球から固定組織細胞に分化しているのか、それとも反対に固定組織細胞から赤血球へ逆分化しているのかを決定する基準にはなりません。その基準になるのは③だけになります。しかし実際問題として③に照らしたとき、上述した各種の異所造血はどれも造血といえるだけの固定組織細胞の細胞分裂係数はないと確信します。ごくわずかの細胞分裂像も見られないと断言はできませんが、その分裂像が必ず2分割する分裂を続けることはなく、そのまま細胞は死を迎えることになります。
赤血球は血流によって次から次へと全身に運ばれ、血流の緩除、または停止によって、その箇所に留まり、それぞれの箇所の固定組織細胞へ分化するのです。また栄養不良時(各種疾患があるとき、健康体でも食事摂取量が少ないとき、または絶食のとき)には赤血球へ逆分化します。このことから、異所造血というものは正常体では赤血球の体細胞への分化像を見誤ったものであり、病的状態あるいは栄養不良時においては、体組織細胞から赤血球へ逆分化している状態を造血巣と誤解しているに他なりません。
『赤血球分化説』そして『血球と組織の可逆的分化説』が理解されたとき、異所造血たるものの真実がわかるはずです。
C 赤血球の寿命と分化能
赤血球の寿命については百年このかた多くの研究がなされてきました。始めの頃は有核赤血球を輸血する方法から始まり、現在のように放射性物質で赤血球にラベルをつけ、それを追跡する方法まで種々の策が考案され研究されてきました。しかし今現在、内外の諸研究者はすべて赤血球の作用は生体のガス代謝だけだと信じ込み、赤血球の分化能について誰一人として気づいていません。そのために赤血球の寿命に関するいろいろな研究とその成果に対する解釈は真実から大きく反れています。しかし、これまでの諸説の概要を紹介しそれに批判を加えることも無意義ではないと考えます。
1948年までの研究過程については主としてアービーの論文その他を、それ以後のものについては個々の研究について紹介しましょう。なお、赤血球の寿命についての既成学説は大きく分けますと短命説と長命説の2説になります。
① 短命説
これはラファエルが唱えた説で『哺乳類の赤血球は無核であるため、栄養回復など生理的な活動が不可能であるから、その寿命は固定組織細胞のそれより短いだろう。もっとも正確な生存日数はなお不明である……』といっています。この説はこれまで多くの血液学者によって支持されてきました。トーマスはその著書のなかで、『正常赤血球の寿命は非常に制限されているので、恐らく6週間を超えることはないだろう』といっています。
② 長命説
この説を主張する学者たちは赤血球にいろいろな物質でラベルをつけて輸血し、その赤血球が消滅するまでの期間を直接または間接の方法で追跡した結果に基づいています。それによりますと、赤血球の寿命はおよそ120日前後だと結論づけています。
赤血球の寿命についての短命説と長命説の概要はこのようなものですが、次に実験方法別に考えてみましょう。
▼輸血や出血による赤血球寿命の測定
これは赤血球寿命の研究では比較的初期に行われた実験です。ハンターによれば、多量の放血を行った後に脱線維血を輸血して、全血球が最小値になるまでの日数から計算すると、赤血球の寿命は14-26日だといっています。その後スコーベルは酸素張力を低くすると血液過多症が起きることを見つけ、過剰に生産された赤血球は代償的な赤血球破壊によって自然の寿命に戻ると考えました。そして赤血球が正常値に快復するまでの日数を調べて、ネズミでは12-18日、イヌでは16-23日、ヒトでは18-30日であるとしました。イートンはウサギやイヌに激しい失血を起こさせた後、網状赤血球の出現率を調べ、その曲線の山と山との間を赤血球の寿命として、イヌでは16日、ウサギでは9日だったといっています。
古典的だといわれている赤血球短命説を、今日では信じている人はいません。しかし、近代行われているような放射性物質を用いた結果による長命説よりも、古典的ではあるものの真実に近いものと考えられます。
▼胆汁色素の測定から見た赤血球寿命
胆汁色素は赤血球中のヘモグロビンから形成されるという定義から、胆汁色素の分泌量によって赤血球の寿命を測定しようとする方法です。この実験もまた赤血球の短命説に有利な証拠を提供しているといえるでしょう。もっとも、胆汁色素はすべてヘモグロビンから形成されるという説と、そればかりではなく他の物質の関与もあるという説に分かれています。前者は後者よりもずっと短命説に近いものです。また胆汁色素は腸から吸収されて、再び胆汁色素形成に関与することも知られていますから問題は複雑になります。
ヤーミンやリッテンバーグはN16でラベルしたグリセリンを人間に与えて調べたところ、N16はヘモグロビン形成に腸で再利用されないと報告しています。しかし胆汁がその物質の型を変えていたとしても、腸から再吸収されることは間違いないことと考えられます。しかし胆汁の分泌量から胆汁色素の量を測定することは可能ですが、赤血球の生産量及び消失量との関係を明らかにすることは至難といわざるをえません。そのため、多数の学者がこの問題を研究したにもかかわらず、信頼できるような赤血球の寿命を計測したものはありません。
ブラーマンは赤血球の寿命と胆汁色素について研究し、『赤血球は血流停止の場、とくに脾の内部で崩壊しやすいといわれているが、赤血球はふつう流血中でも崩壊し、壊れた破片は貪喰網内皮系細胞によって摂取される。そしてビリルビンは赤血球を捕食した網内皮系細胞中で形成され、この色素はタンパク質と結合して血管で肝に運ばれ、そこで色素はタンパク質から分離して胆汁中のビリルビンになる』いっています。
彼の観察と表現は大変煩雑といわざるをえません。こんな複雑な経過をとらなくても、肝へ行った赤血球はその場で肝細胞に分化し胆汁を形成するわけです。ブラーマンの説明では人間の場合、220mgのビリルビンが形成され、便や尿によって排泄されるので、これを基礎として赤血球消失量を計算するといいます。
しかし、赤血球は肝や脾だけで崩壊するものではなく、すべての体組織で崩壊のような融合状態を経て、再びそこで各種の細胞を新生します。ヘモグロビンはその際、すべてビリルビンを排出するとは限りませんから、この方法で測定した赤血球の寿命は実際よりも過大な数値が現れるものと推測されます。
▼輸血と凝集反応からみた赤血球の寿命
輸血された血球は、異種タンパクということから一種の抗原として作用します。アービーは輸血と凝集反応による研究から、赤血球の寿命は正常体で30-110日であると長命説に賛同しています。彼は貧血患者に輸血した非凝集性赤血球が最少になるまでをその寿命とした計算で110日と判断し、黄疸患者では52日としました。
以上、赤血球の寿命に関する幾つかの研究を紹介しましたが、近代においては人間の赤血球の寿命は110-120日前後と考えるようになっています。しかし、これまでの測定方法はすべて間接的な方法であり、赤血球の真の寿命を表すには適切なものとはいえません。
何故かといいますと、創傷部位では赤血球が7日以内に結合組織に変わることは、鳥類、哺乳類、両棲類を通じて確かですし、とくにニワトリの卵巣ではそれよりも早く、3-4日で赤血球が濾胞壁細胞に分化していると判断されるからです。
固定組織に定着せず流血中にある赤血球は、多分それ以上存在し続けるでしょう。カエルの全血液を冬季の室温でカバースライド法で培養したとき、1ヶ月間も赤血球が崩壊せずそのまま存在しているのを観察したこともあります。血管中を長い間流れて老齢になった赤血球は壊れやすく、そして白血球に変わりやすくなります。
赤血球は組織細胞に分化する能力をもち、AFD現象が見られ、しかも赤血球の寿命はその定着する組織の種類や場所によって一定ではありませんから、これを平均値で算出しようとしますと大変な無理が生じることになります。