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革新の生命医学情報 No.25

生命・細胞・血球の起源⑦

○昆虫消化管内の共生原生動物及び酵母

① 鞭毛虫、オーチストなどとの共生

木材を食べるシロアリやアリマキの腸内には鞭毛虫が、木材のセルローズを分解するために共生しています。千島もイエシロアリの中腸内に数種の鞭毛虫、螺旋菌、桿菌が多数共生しているのを観察しています。シラミバイの中腸内には胞子虫網プラスモジュムのオーチストに酷似する小体が検査個体の85%に見られ、この小体は中腸壁のまわりを取り巻き、小体内には多数の桿状またはソーセイジ型の微生物を含んでいます。この小体はケーナーはマラリア病原体の媒介役ではなく共生者であるといっていますが、千島はこれは恐らく細菌集団の融合と分化によるものだろうと推定しています。栄養が不十分な場合は、これは栄養源となることでしょう。

② 酵母

中島氏は毒アサリの肝に球形をした酵母状の細胞を見出しています。これは寄生性のものか共生者であるかについては明らかにしていませんが、彼が示している写真では共生者と考えられます。

あの小さなノミの胃壁や直腸内面に繊毛虫が付着していることもよく観察されます。なぜそのような状態が生じるのか明らかにされていませんが、千島は細菌→原生動物→退行変性による消化管壁への分化過程をしめしている像をシロアリで観察したことがあります。ただし、この経過は病的状態でないことが条件です。病的な場合には全く違う分化方向があるように思えます。昆虫の菌節は必ずしも細菌だけを含むものではなく、シバンムシのように腸壁に多数の酵母を有する菌節細胞から構成されているものもあります。このことは細菌から酵母への発展が考えられるという千島の考えからすれば、多分、細菌から酵母様芽胞に移行中の状態であると思われます。

また、パイロットはアリマキの菌節に酵母が充満しているのは、アリマキに見られる普通の細菌に由来するものだと考えています。これもまた千島の説に賛同する結果だといえそうです。酵母には核があるというもの、ないというもの等があり、諸説には一致がありませんが、千島は定型的な核は存在していないといっています。そして細菌の観察中に細菌から酵母に移行している経過を見ています。

③ 共生者の実験的駆除と昆虫の栄養

ライズは共生体を含む菌節を実験的に切除したり、或いは遠心力によって除去したりすると昆虫のメスの場合は産卵しなくなったり、術後死んでしまうことを観察しています。またアリマキにペニシリンを混ぜたエサを与えると、脂肪体中にある共生菌が著しく減少し、または完全に消失し、処理後ニ、三日で死んでしまったとブルースたちはいっています。

ウイギースは吸血昆虫やカブトムシの消化管内にいる共生菌はビタミンを合成してその共生体の消化作用を助けているという報告をしています。

一方、コーチはカブトムシについて次のような面白い実験を行なっています。生活環境の気温を摂氏36度に高めると、体内にある4個の菌節中にいる細菌状の共生者は退行萎縮し遂には消失してしまうといいます。このカブトムシの生存可能限度は摂氏38度であるのに共生菌のそれは32~33度だから36度まで上昇しては生きていけないわけです。しかしこのように、共生菌を失くした菌節をもつ個体は食性や繁殖に何の支障もないようだったが、このことが共生菌の有用性を否定することはできないと結果について付記しています。

さらに興味ある実験はクリーブランとハングレイの次のような実験です。

温度による法…クリーブランはシロアリを36度に設定した所で24時間生活させておくと、その腸内に共生している鞭毛虫のほとんどが死滅するが、少数のものは生存していました。ある種のシロアリにおいては、腸内共生菌は35度では2日で死滅するが、他種のシロアリに共生する菌は8~10日、生存することを確認しました。そして各種シロアリとも腸内共生菌のすべてが死滅すると、シロアリ自体も3週間前後で死んでしまうといっています。

飢餓による法…またシロアリを飢餓の状態にしておくと、やはり腸内共生菌は死にます。この場合も共生菌が死ぬとアリ自体も死にます。そのおり、アリの腸内に棲息する共生菌のうち大型の菌のほうが小さな菌よりも速く死滅するといっています。

実験の経過では大型の菌は6日以内に消滅し、8日目には次に大きいものが死に、続いて小さい細菌が著しく減少していました。しかし、シロアリが餓死する限度と考えられる25日になるまえに、すべての腸内共生菌が死滅してしまうようなことは飢餓の状態においては起きないといっています。クリーブランはこの他にも興味ある実験をしています。それはシロアリを6日間絶食させ、腸内共生菌である鞭毛虫を死滅させたあとで、そのシロアリに普通の食餌(木材)を与えても一定の期間は生き永らえることができました。この場合、最も多かった鞭毛虫が消滅すると、他の共生菌が盛んに増殖して鞭毛虫の代わりをしていました。このような共生菌の交替によってシロアリは60~70日間生存しましたが、この交替していた細菌も死滅すると、シロアリは3日から4週間で死にました。この実験結果から、シロアリは2~3種の細菌と共生することで生活しているとクリーブランはいっています。

酸素による法…クリーブランは食餌のほかに酸素供給の量や方式による腸内細菌除去の実験もしています。これは前述したような高温環境法や飢餓法よりも一層完全な実験法といえます。まず、高い酸素圧の下にシロアリをおくと、酸素の混合値や共生細菌の種類などによって、現れる結果が異なったものになります。

普通の大気圧下では約20%の酸素があります。ある種のシロアリはこの状態から95%~98%という高濃度の酸素を含む所に移すと、シロアリの腸内共生菌はたちどころに消滅してしまいました。酸素張力をさらに高め、3~4気圧にすると死滅速度は一層に速まるといっています。これ以上に数値を上げても効果には変わりが出ませんでした。クリーブランによると、共生菌を殺す最適酸素張力は上記の3~4気圧であり、これは温度とも関係するといい、山崎氏もシロアリに行なった酸素張力と共生菌除去の実験で、クリーブランと似た結果を得たと報告しています。

別の研究者の報告によると、シロアリは木材を食べているあいだは、消化管内に常に共生細菌をもっているが、木材を食べないときには全く共生菌の姿はなくなるといいます。これは腸内の消化吸収と、腸内鞭毛虫たちの密接な関連があることは改めていうまでもないといいます。飢餓によって共生細菌が死滅するのは、多分これらの鞭毛虫は、消化管壁から吸収され、消化管壁細胞に分化したものと千島は推測しています。グレーサーはアリマキの成虫に若干の処理をしたあと、1ケ月間39度に保った所におくと、メスの卵巣が退行することを観察しています。

このほかの昆虫の共生菌が含窒素物の廃棄産物からタンパク質を合成したり、無菌的刺激によって昆虫の発育停止や死に至らしめることは周知のことです。

④ 吸血昆虫やダニの共生微生物

脊椎動物の血液を吸って生きている昆虫、たとえばツェツェバエの腸に酵母が、またその成虫の中腸の一部の上皮が厚くなって肉眼でも見えるような灰色を帯びた斑点ができ、この部分を切片にして調べてみると、普通の細胞より3~5倍も大きい細胞が観察されます。その内部は長さ3~5ミクロンほどの細菌状のもので充満していて、細胞が壊れると腸内に遊離します。標本をつくってよく観察すると、それは酵母のような出芽によって増殖していく様子が見られ、これは細菌を含む真の細菌器官であるとラウバウはいっています。しかし、この腸壁にある細菌細胞内の細菌や酵母はラウバウと違って、千島は、腸内細菌が腸壁細胞を新生するとき、一緒に細胞内に埋没してしまったものだと考えています。

これは前述したステインハスが観察した腸壁から菌節が形成されて分離する状態からも、また千島が昆虫の消化管を調べた結果からも推定することができます。

ラウバウは吸血昆虫の腸内に細菌や酵母が共生しているのは、酵母から分泌される酵素によって、吸った血球やタンパク質を消化吸収するために必要だからだといっています。またカレリイはダニ類も腸上皮細胞内に共生細菌が存在し、それらが共生体へメリットばかりではなく、デメリットである病原体の媒介をしているともいっています。昆虫や下等無脊椎動物では、いわゆる共生細菌は比較的その個性をよく保存しまた融合と分化による完全な細胞新生の段階に進行しない状態(いわゆる細菌細胞)を保つために、血液と共に病原菌を吸い込んだとき、その媒介をなす危険が生じるのだと思います。

シラミは雌雄ともに終生、中腸に共生細菌を含んでいて、フローレンスの観察によると、陰性菌を含む菌節があって、それは腸壁から腹腔へ露出した形で付着しているので、これは消化に役立っているものだと推測していますが、千島はこれは、消化管内の細菌集団→腸壁組織→菌節であろうと推測しています。もちろんこれは、栄養摂取の役割を演じていることは疑いないことでしょう。

バウチャーはメスシラミの腸壁にある菌節は体の背側脂肪体中に菌節を形成するようになるといっていますが、これも千島は昆虫の脂肪体は血球及び血液から形成されるものであるから、腸壁で吸収された食物性モネラや細胞から形成された腸壁組織から脂肪に変化したものだと考えています。

⑤ 軟体動物その他の共生菌

軟体動物、腹足類、前鰓類の腺細胞内に共生菌が存在することは知られています。

また腹足類の一種や貧毛類には共生菌が、ホヤ類の腎臓内には菌糸が共生していることがあります。これらの菌が培養できる、できないということを問題にして共生菌であるか否かが論議されていますが、細胞内に細菌又は細菌状のものがあることは確かであり、軟体動物からホヤ類に至るまでそれが認められるということは、細胞と細菌の密接な関係を示すものとして注目に値します。

○リケッチアと細胞との共生

① リケッチア

リケッチアとは非常に小さい、桿状、楕円形、球形をした一群の微生物に与えられた名称です。このリケッチアは一般に生きた細胞内でのみ増殖し特別に微小なものでない限り、濾過性はないとされています。

ステインハウスによると、ある研究者はリケッチアをウイルスと細菌の中間に位置する微生物だと考えているといいます。しかし最近、リケッチアは細菌の一種であるとする説が有力になりかけているようです。ピンカートンは定型的なリケッチアは形態的にも、非濾過性であるという点でも細菌に似ていることを指摘し、さらに細菌と最小のウイルスとの間に多数の中間的生物小体があることから、リケッチアは節足動物の細胞組織内の生活に適応した一種の細菌であると考えるのが妥当だといっています。

電子顕微鏡で調べた結果によると、リケッチアは細菌と等しく原形質は膜で包まれていて、一定の顆粒をそのなかに含んでいるとプロッツは報告しています。

マシャベロもリケッチアの細菌説に賛同しています。学者たちの意見を総合すると

リケッチアは「特殊濾過性ウイルスを伴う非特異性生物」と位置づけられているようです。また一定の可視的形態をもっていて、昆虫のウンカの中腸内にこのようなリケッチア様の共生体が存在することが知られています。

② 病的リケッチアの進化

病原性をもったリケッチアが寄生的生活をするに至った過程は、一般に独立生活から次第に寄生生活に移ったのだろうと推測されていますが、バーネットによれば、リケッチアは太古時代に共生体であったものから2次的に進化したものだと主張しています。彼は「その第1期は推測として死物寄生菌が原始昆虫の消化管内に移住した時期であり、続いて昆虫の消化管内で栄養を得て、さらに消化管粘膜の上皮細胞中に入って寄生し宿主である昆虫を栄養失調にさせ斃したのであろう。しかし長い年月の間に、宿主は寄生細菌の栄養搾取に耐え、遂には細胞内の共生体になった。細菌時代の潜在的病毒性は、異なる種の生細胞に触れることによって活性を帯びてくるのだろう。この種の接触は吸血昆虫が脊椎動物の血液を吸うことによって起こり、それによって細菌が寄生化する可能性もある。たとえば或る種のリケッチアはダニの体内では無害な共生体だが、人間や他の脊椎動物の体内に移ると致命的なロッキー山斑点熱を発症させる。発疹チフスもまたこの例である」と報告で述べています。

千島は、リケッチアの起源についてはやはり、バーネットのように進化論的見地から考えることは必要だといっていますが、もともと自動性をもっていないリケッチアは細胞内に侵入する過程も実証されていないし、また発生の状況から考えても、これは細胞が病的ウイルスの影響を受けて、生化学的な連鎖反応または自己触媒反応によって、その原形質の病的変化を誘発して、健康体の原形質中に自然発生的に形成されるもの、即ち、リケッチアは細胞が病的に原始状態(細菌)へ解体される一つの段階であると考えられます。だからリケッチアはウイルスと細菌との中間的位置にあるという意見に千島も賛同しています。また病原性リケッチアが正常体の細胞と共生するなどということはまず考えられないことだといっています。

○昆虫の生殖細胞内の共生菌とその遺伝的転位

昆虫卵にある細孔を通して細菌がその内部に侵入したり、卵の表面に付着した細菌が孵化を助け、卵巣内の卵子中に共生菌が存在し、子孫へ転位することなどが知られています。

① 生殖細胞を通じて微生物の世代から次世代への転位

南京虫、シラミ、またコクゾウムシの一種では、共生菌が卵子の栄養細胞内にあって、それが卵細胞内に入り子孫に転位することも知られています。殊に卵巣内卵細胞の周囲には、共生菌が2~3層になるまで増加し、産卵前に卵膜が破れて共生菌が卵細胞質中に侵入し、続いてそれが胚子の生殖腺に入り、しばらくは休止の状態になります。そして胚子が成長して卵が発育を始めると、再び急速に増加を始めます。

このように共生菌は卵を通じて次の世代へと連続的に転位するといわれています。

トコジラミ、ゾームシ、ゴキブリ、オオアリなどでも同様の状態が観察されています。原始的シロアリでは卵巣周囲の脂肪体の中にある共生菌が、後に卵巣中へ侵入することをコーチは観察して報告しています。このことは千島と共同研究者の細野が、カイコやバッタの卵巣がその周囲にある脂肪体、卵巣組織や卵細胞に変化することによって成長していくのを観察したことと合い通じる点があります。

ノコギリヒラタムシ、ヒラタキクイムシ、シラミ類などでは卵膜が形成される少し前に共生菌が卵の後端から侵入するというライズの研究や、ペラントニのワタフキカイガラムシについての同様の研究があって、これも卵子の成長が単に液状の栄養分だけを吸収して成長するものではなく、千島が主張するように周囲の脂肪組織や卵子の上皮細胞が卵黄に変化することを物語るものだといえます。この際、共生菌が卵の周囲の組織と共に卵内に他動的に転位することが考えられます。

多くの研究者は細菌が卵内へ自動的に侵入するのか、他動的のものなのかについて明らかにしていませんが、多分自ら侵入するのではなく、若い卵の周囲にある細菌を含む組織や細胞が卵子と融合するという他動的なものと千島は推測しています。

もっともハムシ類やシバンムシのように腸からメスの生殖管内へ侵入した細菌や酵母が卵表面に付着し、幼虫の孵化後にそれをエサにしたり、ツェツェバエの幼虫のように親の子宮内で十分に成長するまで養われるものでは、乳腺を通じて共生菌が幼虫体内に転位することもあるとウイグスワースは述べています。

② 昆虫の遺伝的微生物の意義

前に述べたように、卵巣内で発育中の卵子内に共生微生物が埋没され、次世代に転位する現象は染色体を通してではないため、モルガニズム的な意味では遺伝とはいえません。胎内伝染ともいうべきものでしょう。しかし細胞質中に含まれるとすれば広義の意味において遺伝だといっても差し支えないと思います。

孵化後の幼生が卵殻表面に付着した微生物をエサとして食う場合は、もちろん遺伝などとはいえませんが、親の体内で幼虫になるツェツェバエのような場合は、一種の胎内伝染といえます。

○ミトコンドリアの共生菌由来説

ミトコンドリアとは細胞の常在成分の一つであり、小さい顆粒が集まって糸の形を構成している「糸粒体」のことをいいます。このミトコンドリアが共生菌に由来するという説はかなり古くからあったものです。今日に至ってもまだ未解決のまま論議が続いている状態です。

① ミトコンドリアの性質

ミトコンドリアという語は、1897年、ベンダによって命名されたもので、ギリシャ語の「糸と粒子」の意味からきています。ミトコンドリアはすべての動物細胞に含まれ、外形は糸状、顆粒状で長さが40~100mμのものです。形状は桿菌に酷似しています。一般に増殖は既成説に追従し分裂によると考えられています。アルコール、エーテル、クロロフォルムなどに溶解します。ミトコンドリアの働きは細胞内の酸化還元作用に関与したり、脂肪の合成にも働きかけをしていると考えられていますが、千島はむしろ脂肪との間で変化、即ち細胞内に脂肪が蓄積するにつれてミトコンドリアは減少するという過程はミトコンドリアが脂肪に変化しているということを物語っていると捉えています。

② ミトコンドリアとゴルジー氏体

ゴルジー氏体は細胞核の付近にある網状体をいいます。ミトコンドリアにかなり似た性質をもつ物質から成り立っているとされています。最近これは一種の人工産物だとベーカーが主張しています。彼はゴルジー氏体は細胞内で自己増殖するという既成説はそれを裏付ける証拠はなく、むしろ細胞内に新生するものだとし、それは常に一定の構造をもっているものではなく、生のままでは空胞又は球状で、標本固定や染色により生じた人工産物だと解しているわけです。いわゆるゴルジー氏体の網状構造と考えられているのは、ミトコンドリア中に固定剤や染色剤として添加した水銀化オスミュームや銀が浸透したことで生じた産物だと主張しているのです。

このベーカーの主張は妥当な見解だと千島は賛同しています。ゴルジー氏体が管状構造をもち、分泌作用があるなどという説もありますが、このような説はナンセンスなものであることが分かるときは必ず来ると千島は予言しています。

ミトコンドリアが現在は細菌と直接な関連がないとしても、細胞が微生物の融合体から進化してきたということは間違いないことだと思います。

③ ミトコンドリアの共生菌由来説をめぐる論議

ミトコンドリアは細胞内の生活によく適応した共生菌だという説は、1890年頃にアルトマンの他多くの病理学者によって信じられていました。その後、ヘネゲイ、ポーターといった有名な研究者の間でこの説が支持されるようになります。しかし現在では殆どの学者がこの説を放棄してしまいました。

ウオーリンはロッキー山熱病原体は細胞内でミトコンドリアに変化するといっています。またミルドフは昆虫の菌節細胞内に共生菌とミトコンドリアとが混在しているのを観察したと報告しています。オリシキイやコーディーといった研究者は染色やリポイド溶剤を使用することでミトコンドリアと細菌とは区別が可能であるというのに対し、ウオーリンやミラーは普通のテクニックで両者を直ちに判断することは困難だと慎重な態度を示しています。)

○ミトコンドリアの共生菌由来説とその論議

① 染色性によりミトコンドリアと細菌は区別できるか?

ミトコンドリアが形態的に球菌、桿菌、或いは糸状菌に似ているばかりではなく、結核菌や癩菌と等しい染色性を示すことはよく知られています。これらの細菌は石炭酸溶液で数分間処理すると完全に染色することができます。そして一度染まると塩酸アルコールによる染色に対しては抵抗することから、一般にこれらの細菌を抗酸性菌と呼ばれています。ただ、ここで注意しなければならないことは、ミトコンドリアがいつもそのような染色性をもっているという固定的な考えをもってはいけないということです。「万物流転」という言葉通り、この物質もまた他のすべての細胞要素と同じように、時とともに変化するものです。事実、血球のミトコンドリアをヤーヌス緑によって染色すると、30分後にはよく染まりますが、後にはそれが消えていきます。

ミトコンドリアは細胞の種類や環境によって遂には中性脂肪に変化することもあり、また前述したようなゴルジー物質や核質に変化する可能性もあります。

千島がいうように、ミトコンドリアが系統発生史上において、細胞内共生菌の名残りであるとはいえ、多くの場合は細菌そのものではなく、或いはまたアメーバの場合におけるように直接にバクテリア自体である場合でも、細胞内で同化され、細菌本来の染色性と異なるものになることは当然に考えられることです。

② バクテリア中にはミトコンドリアは存在するか

ミトコンドリアはほとんどすべての細胞に見られ、アメーバにも認められますが、バクテリアにもこれがあるか否かについてはまだ意見の一致を見ていません。

これについて千島はアメーバ内にあるミトコンドリアは多分バクテリアに由来するもので、そのバクテリアは大きさ、形、性質などから推測すると、それ自体がミトコンドリアの先駆的物質だと考えられるといっています。このような千島の考えを一笑に付す人が多いかもしれませんが、化学的分析のみに捉われず、細胞の起源をもっと徹底的に追求しようとする人には肯定されることだと思います。

③ ミトコンドリアの共生菌由来説をめぐる論争

コーリーはその著のなかでポーターのミトコンドリア共生菌由来説を批判しています。コーリーは批判する理由として、地衣類、菌根、根瘤、クロレラ、酵母、細菌、発光バクテリアやその他の細胞内共生体は、生物の全態からみれば例外的なもので正常体からの変異にすぎないからだといっています。

しかし以前から、細胞内の共生微生物は生命体の根本的な特性であるという説があります。その代表的なものはイタリアのペラントニの説です。ペラントニは昆虫の共生菌や共生酵母、頭足類の共生発光菌などについての詳細な研究結果から“細胞は生物体にとって根本的な単位ではない。細胞は共生微生物の複合体である。だから共生体は細胞にとって有機的合成に不可欠なものであり、それらの共生菌はミトコンドリアにすぎない。換言すればミトコンドリアは細胞内生活に適応したバクテリアである”というものです。

このペラントニの主張に対してコーリーは「このような説はおかしいと、先験的に言うわけにはいかないが、すべての生物学者にそのままには受け入れられないだろう。

もっと確固とした証拠を必要とする。誰でもこの説は誤りだということに躊躇しないはずだ」と反論しています。ペラントニの説をすべての高等動物にもそのまま適用することはコーリーがいうように妥当ではありませんが、下等な生物においてはペラントニの説が正しいと千島は自分の研究成果をもとに述べています。

ポーターは哺乳類のオスの睾丸周囲にある脂肪組織で厳密な無菌的方法で培養して得た細菌はミトコンドリアであるといっていますが、これについてコーリーは温度やその他の点からいってポーターの説は正しいとはいえないと反対しました。

このコーリーの見解は誤ったものとはいえないでしょう。如何に細心の注意の払ったつもりでも、往々にして雑菌が混入してしまうことはよくあることです。また細菌の混入がなくても、一定の有機物と適当な条件が整えば、細菌やその他の芽胞が自然に発生してくることを千島は確認しています。バクテリアや細菌は一定条件のもとでいつも自然発生しているのです。

コーリーはポーターの実験を取り上げ「ポーターは正常な原始的細胞内にあるミトコンドリアを共生微生物だと説いているが、これは細胞学説や、厳密な実験によって裏づけられた説ではない。細胞の二元論や細胞内微生物存在説を根底から否定するわけではないが、彼の説はもっと十分に完成されなくてはならない。細胞は細菌の仲介なくては同化ができないような無力なものと考えるより、自主的な機能を営めるものだと考えるほうがより自然的であろう。共生は多細胞生物や孤立した細胞における例外的な現象である。非常に広範囲に見られる細胞内共生は、生物学の現状では細胞の根本的形態とはいえない」と述べています。

このコーリーの見解に対し千島は『彼は細胞内共生微生物の重要性について深い理解を示してはいるが、これを生物全般に機械的に普遍化することに対し、かなり懐疑的になっている。これは惜しいかな、高等生物の一般細胞と、下等生物の細胞における細胞内共生とミトコンドリアの問題を混同している。彼が系統発生的な見地にたって細胞の起源を探究したならば、私の見解をよく理解できるだろう』と述べています。

④ 共生菌由来説についてのピコの新説

チェコスロバキアのピコが次のような要旨の論文を発表して、ミトコンドリアの共生菌由来説を支持しています。「アリマキの菌節内共生菌といわれているものは、単なる顆粒に過ぎないと主張するランハムに対して、トレジャーがそれに反論しているが、自分はリンゴワタムシのミトコンドリアも共生菌であると確信している。現にアリマキの共生菌はこの虫から分離した球菌を混ぜた培養基でよく生育する」

また彼は「最近マウスの腹膜腫瘍から分離された物質が、ミトコンドリアであるという研究者、ワタナベがいるが、彼が描いているものはミトコンドリアではなく菌類の一種である。その大きさも形も自分が昆虫から分離して培養したものと一致している。ドロソフィラの脂肪体中やマウスの菌節細胞中に細かい粒子の存在を見たが、それが非常に細かいものなのでミトコンドリアと誤認されやすい。これは一定の微生物からミトコンドリアになるという説の最初の例になるかもしれない。このことはツースが唾液腺の主細胞中に多数の微粒子が存在しているらしいということや、ラグレーがラッテの肝細胞中に見ている封入体などと同様の形に属すると思われる」と述べて共生菌からミトコンドリアへの変化を確信をもって主張しています。

このピコの見解に関し千島は次のように述べています。

「ピコの主張に私は賛同したい。高等動物のミトコンドリアを直ちに共生菌と考えることはできないとしても、下等無脊椎動物の菌節細胞中のミトコンドリアは共生菌に由来するものであると考えることは、「細菌集団から細胞が新生する」という私の説からすれば、敢えて怪しむに足りないことである。下等生物の細胞内では、細胞内共生菌がある程度変化し、独立性を失いかけた場合にミトコンドリアとしての性質を示すものと判断される。高等動物のミトコンドリアはおそらく系統発生の名残を正直に反復しているものと解することは決して無理なことではないだろう。ミトコンドリアの共生菌由来説を支持する他の一つの論拠は、私の観察した結果、すなわち枯草菌が水面に薄い膜を形成し、それらが一定の集団を形成してアメーバ様体になる前の菌の配列様相が、ロバーツが膵臓細胞を電子顕微鏡写真で示したミトコンドリアのものと酷似していることである。

元来、ミトコンドリアというものは常に一定の形態をもつものではなく、時とともに変化することが知られているし、顆粒状→桿菌状→糸状への移行型が見られる。

他方、腐敗の過程について見られる細菌も球菌→桿菌→糸状菌への移行が認められる。血球の腐敗過程でもこのような変化が見られ、細菌の配列もまたミトコンドリアとの類似がある。このように細菌とミトコンドリアとの類似は単なる偶然とは考えられないことである。前述したように細菌の集合と融合、そして体制化によって核や空胞を新生してアメーバ、すなわち細胞への進化が見られるほか、ミミズ血液中でも糸状菌様体の集合と分化によって含糸細胞を形成する状態を観察することができる。

このように細胞は系統発生的に細菌集団からも新生することを、下等動物では常に反復していると私は判断する。このことは下等植物細胞にも適用可能だろう」と。


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